essay
  平成16年10月6日 13
海を見ながら
思えば遠くへ来たもんだ
スローライフ、してるね!
 あまりありがたいことではなかったけれど、ことしは台風によく見舞われた。
 これでもか、これでもかと、つぎつぎにやってきた。長崎に移ってきて10年が過ぎたけれど、いままで1年でこれほどたくさんの台風がきたことはなかった。台風の数もそうだけれど、その強さも初めて経験した。何年か前にビニールハウスが飛ばされたり、稲が倒されたりしたことはあったけれど、ことしのように屋根瓦がはがされたことはなかった。
 大きな鶏小屋が吹き飛ばされ、雨戸も初めて閉め切った。雨戸を引き出したら、ヤモリが何匹も出てきた。いきなり明るいところへ引っ張り出されて驚いているヤモリの姿が面白かった。雨戸のない玄関の戸にはつっかえ棒までした。
 上陸した台風の数も記録的だったが、ことしは夏の暑さもすごかった。
 毎日が真夏日で、だから、仕事はほとんどしなかった。暑いときは仕事なんかしないほうがいい。木陰で本を読むか、風通しのよい部屋に寝ころんで好きなジャズでも聴いているに限る。夏の間、仕事をしないからといって死ぬようなことはない。その分、冬に働けばいいのだから。
 しかし、稲が倒されたのは痛かった。
 ちょうど実が入る時期に倒されたので、倒された稲には実が入らず、なかには完全に死んでしまった稲もある。まあでも、自然を相手にしているのだから、これもやむを得ないこと。人間がおかしなことばかりするので、お天道様だってときには怒って当たり前。
 お陰で、ことしの稲刈りは手刈りになった。いつもは機械を借りてきて安直に済ませているのだけれど、稲が倒れているのでその機械が使えないのだ。つまり鎌を持って手で刈りとるわけだけど、そうなるとトーゼン腰は痛くなるし、時間もかかる。
 田んぼの広さは七畝(約210坪)。機械で刈れば1時間ほどで済むところを、手で刈れば二人で3日はかかる。たまたま友だちが助っ人にきてくれたので2日間で済みはしたが、案の定、腰をやられてしまった。稲刈りが済んできょうで4日経つけれど、まだ唸っている。
 
 海を見下ろすベランダのデッキチェアに座って、風の音を聴いている。
 海には白波が立っている。ついこの前まではハエ(南風)が吹いていたのに、いまは北風に変わっている。いつの間にか季節は移る。白波が立っていることを、「ウサギが跳んでいる」という言い方をするところがあるけれど、なるほどそんな感じがする。強い風に、コスモスが揺れている。
 薄いピンクと白いコスモス。青い海。心地よい秋の風。秋の空。秋の雲。
 好きな花は何ですか、と聞かれたら、いまなら迷うことなく、「コスモスです」とこたえる。きれいさと、優しさと、強さが好き(春なら、もちろん桜。あでやかさと、妖しさと、潔よさがいい)。
 そういえば、コスモスは漢字で書けば秋桜か。
 
 ♪うすべにの秋桜が秋の日の
  何気ない日だまりに
  揺れている…
 
 夏の間、逃げ回っていた日差しを迎えるように顔に浴びて、痛む体を休めている。稲刈りは、年間を通していちばん楽しみな仕事だけれど、きつい仕事でもある。でも、いつも言うけれど、きついけれど、つらくはない。きついけれど、楽しいのだ。
 ことしはとくに手刈り。「スローライフ、してるねえ!」と言いながら、楽しんだ。
 なんで、スローライフなんていう言葉が出たかというと、実は、妻が朝日新聞の朝日懇話会の委員にされ、「スローライフ」がテーマの座談会に出席し、その模様が10月1日付けの紙上(九州版)に大きく載ったのでそれを揶揄したわけ。近頃は、スローライフ、スローフードという言葉がはやりのようで、よく分からないけれど、あちこちから取材を受けては戸惑っている。
 
 と、ここまで書いて晩酌していたら、NHKのクローズアップ現代で、「急増する深夜スーパー舞台裏」という番組をやっていて、深夜のお客が急増し、スーパーやコンビニが24時間営業でしのぎを削っていると報じていた。眠らないニッポン。深夜に赤ん坊を連れて買い物をする若い親子、深夜に刺身のパックを並べる店員が撮されていた。深夜に刺身が売れるのだという。
 スローライフって、なんだ? 毎晩、9時に寝ちゃってて、いいのかな。