essay
  平成16年1月25日 
海を見ながら
思えば遠くへ来たもんだ
長崎の白骨温泉
 雪が降った。
 降ったり止んだりしながら、めずらしく三日間も降り続き、庭に7〜8aほど積もった。例年、ぱらつくことはあっても、滅多に積もることはない。いままで寒くならなかっただけに、急に冷え込んでブルッときた。クロカンのスキーを楽しもうかと思ったが、膝痛、肩痛が回復しないので断念。代わりに露天風呂を沸かして、雪見風呂としゃれ込んだ。酔狂なことと自分でも笑ってしまうけれど、これが一度やるとなかなかやめられないのだ。
 四駆の軽トラを飛ばして、ローソンで、カネボウ薬用入浴剤、「旅の宿・秘湯にごり湯セット」を買ってきた。「信州白骨・檜の香り」を2袋入れる。白乳色の岩風呂露天風呂で温泉に行ったつもり。疲労回復、冷え症、肩こり、腰痛、神経痛などの効能があると書いてある。本当かどうか知らないが、まあ信じるとしよう。膝痛、肩痛にもいいかもしれない。なにより、安上がりなのがいい。ホンモノの白骨温泉へ行くとなったら、交通費もかかるし、だいいち行くだけで丸一日はかかってしまう。

 白骨温泉には新婚旅行の時に泊まった。
 昭和44年だったと思う(違っているかもしれない)。5月。これは間違いない。
 岩登りに熱中していた27歳の山男と、雪山を見るのは初めてという21歳の花嫁。山男は、なけなしの金をはたいてプレゼントした山靴とアイゼンを花嫁に履かせ、奥穂高岳山頂までザイルで引っ張り上げた。その帰途に寄ったのが、白骨温泉なのだった。
 10年後、きっとまた連れてくると約束したと妻は言うけれど、あれから、何年たっただろう。眼下に大村湾を望む長崎の白骨温泉に、牡丹雪が舞う。
 
 雪が止んだ翌朝、残雪の中に、ふきのとうを見つけた。
 ブロッコリーを採りに下の畑へ下りて行ったら、畑の脇にふきのとうが頭を出していた。辺りを見回すとあっちにもこっちにも。早速、頂戴してきて、ビールのお供に。
 冬のかたい大地を突き破って出てきて、真っ先に春を告げるふきのとう。ちょっぴり苦いふきのとう味噌は、香りがいい。
 貧しかった山男は、春の一の倉沢や、上高地から徳沢園への道すがら、よくふきのとうを摘んでは、キャンプ地で味噌を和えて一品のおかずにした。

 ♪あなたはもう忘れたかしら 
   赤い手拭いマフラーにして…

 貧しかった新婚の頃を思い出すと、必ずこの、「神田川」が口をついて出る。あの頃、若いふたりは本当に貧しかった。銭湯の帰りに長ネギを一本と、モヤシを一掴み買って安アパートへ帰ると、寒さで手拭いが凍って棒のようになった。それが面白いと言ってふたりで笑った。いま思えば、よく長ネギ一本、モヤシ一掴みを売ってくれたよなあと驚く。どちらも5円か10円だった。
 あれから少しばかりお金のある生活を経験し、いまふたたび貧しい暮らしをしているふたり。貧しいけれど、それでも楽しいのだと笑っている変わり者夫婦。変わっているからと、テレビや新聞が面白がり、月10万円で暮らしているとセンセーショナルに紹介する。貧しい暮らしがニュースになる時代。昔はみんな貧しかったし、誰もがそれで生き生きしていたのに。
 
 金、金、金。金さえあれば…。お金って、そんなに必要なの。
 金さえあれば、欲しいモノが手に入る…。そんなにモノが必要なの。
 金さえあれば、地位も買える、名誉も買える…。そんなに地位や名誉が必要なの?
 お金が欲しいから、自分の使用済みの下着を売る。体を売る。
 お金が欲しいから、一家四人を殺す。
 お金が欲しいから、秘書給与をごまかす。
 遊びたい、高級車が欲しい、家が欲しい。
 金さえアレバ、金さえアレバ、金さえアレバ…。