essay
  平成18年6月21日 26
海を見ながら
思えば遠くへ来たもんだ
偶然の出会い。
 長崎の町を歩いていて偶然、昔の知り合いに出会った。
 なんでこんなところでと古い友人は目を丸くしていたが、私にはよくこういうことがある。
 毎年、一度か二度は上京しているが、あの人の多い東京でよく古い知り合いに出くわして驚くことがある。去年は、渋谷の東急ハンズの前を歩いていて、高校時代の親友に出くわした。「おっ、和田!」「おっ、金子!」「えっ、な、何してんの」。
 一昨年は地下鉄の大手町駅で昔の仕事仲間と会ったし、その前には東京駅構内の雑踏の中で、昔ちょっと親しくしていた舞台女優とばったり出会ってお互いに声を上げたこともある。
 山歩きや、マラソンやトライアスロンのレースなどではまあ、行く場所が限られているということもあるので、山の中やレース会場で知り合いに出会うことはことさら珍しいことではない。
 とは言っても、こんなケースは珍しいのではないか。ある時、四国の石鎚山へ登山した帰りにけもの道に迷い込んで立ち往生していたら、そこへひとりの登山者が同じように迷い込んできた。顔を見たら、高校時代に屋久島登山の時に知り合って数日間一緒に過ごしたことのある京都在住のTさんだった。その当時、私は仕事の関係で京都に住んでいて、何回かそのTさんに連絡を取ったのだが会えないままでいたのだった。それが、二人とも四国の山の中で道に迷ったお陰で出会えたのが不思議だった。
 その屋久島登山の帰りに、陽が落ちた宮崎の青島海岸でテントを張って夕食の支度をしていたら、いきなり、「金子〜っ!」という叫び声が闇の中から聞こえてきた。まさかと思いながら声のするほうへ歩いて行ったら、そこには同窓生のIやKがいた。「九州に行くと聞いていたのでもしかしたらいるかと思って呼んではみたけど、まさかほんとにいるとは…」と、呼んだ本人が驚いていた。
 八ヶ岳を縦走中、中学時代の野球部仲間と出くわしたこともあるし、フランスのシャモニーでは利尻岳で知り合った静岡のクライマーと再会し、酒を酌み交わしたこともある。
 トライアスロンのレースでは、行く先々で顔見知りが大勢いた。というか、同じ顔ぶれが全国のレースを渡り歩いているのだからそれは必然であったか。
 
 せつない思いをしたこともある。
 これは語るとちょっとモンダイになるかもしれないのだけど、ま、いっか、時効だ。
 結婚してまもなくの頃、会社の帰りに中央線の車内で、見覚えのある女性の後ろ姿を見かけた。遠くの地方に住んでいるひとなのでどう考えてもそこにいるはずがないのだが、似ている。勇気を出して横から顔をのぞき込むと、やはりそのひとだった。初恋のひとは、後ろ姿で分かる。向こうもびっくりした。もともと瞳の大きいひとだったが、その瞳がさらに大きく開いた。お互い27歳だった。その当時の27歳はまだうぶで、少しもすれてない。そういう時代だった。それでも言葉少なに何かをしゃべり、彼女の降車駅で私も降り、泊まり先だという彼女の姉の家まで送りがてら一緒に歩いた。私は彼女にふられた経緯があり、その後いまの妻と結婚したのだったが、彼女はまだひとりのままだった。
「あしたの夕方帰るんやけどそれまで会うてくれはる?」「いいよ」と言って別れた。
 約束した場所は、東京タワーの展望台。
 いいね。東京タワーだよ。できてまだ間もない頃だったし、東京に住んでいながら一度も行ったことがなかった。  
 ところが、なんとしたことか。うっかりしてたというにはあまりにお粗末。忘れてた。
 約束のその日は、友だちの結婚式だったのだ。
 披露宴は昼の12時から。デートの約束も昼の12時。
 披露宴の会場は、半蔵門の某会館。ガラス張りのビル。たまたま与えられた席から、東京タワーが真正面に大きく見える。当時のことだからもちろん、ケイタイなんかはない。
「アア、アア…」。