essay
  平成21年8月10日 37
海を見ながら
思えば遠くへ来たもんだ
長屋のごるふ。
「おや、熊じゃねえか、どうした」
「いえね、ちょいときょうは、御隠居に聞きてえことがありやしてね」
「なんだ、その聞きてえことってのは」
「実は、こないだの全英おうぷんのことなんすがね、石川遼之進はどうして予選落ちしちゃったんすかね。あっしはてっきり優勝するんじゃねえかと踏んでたんすが」
「ああ、あれか。あれは一緒に回った大河愚図之助が悪いんだな」
「どうして大河のやつが悪いんです」
「どうしてって、そうだろう。そうだ、お前はこの頃、俳句の真似事をやってるそうだな。ごるふにも興味があるとは知らなかったがな。では、分かりやすく俳句で説明して進ぜよう」
「へい、進ぜてくだせえ」
五月雨や 大河を前に 家二軒 という句は知ってるな」
「与謝蕪村ですね」
「ほう、知っとるな。知ってれば話が早い。あれはな、本当は、さ乱れや 大河を前に 入れに行けん というんじゃ」
「へえ、そうなんっすか」
「つまりじゃ、神様のように崇める大河愚図之助があまりにも右へ左へしょっとを乱すので、石川遼之進としては大河が気の毒で、ばあでぇぱっともぱあぱっとも、入れに行くことができなかったということなんじゃよ」
「ほうほう、なるほど、面白えな。それじゃ、松尾芭蕉だったら、どうなんです?」
「芭蕉か、芭蕉ならこうだな。らふ深き 隣は何を する人ぞ
「それを言うなら、秋深き 隣は何を する人ぞ でげしょう」
「そうとも言うがな、ま、すこっとらんどというところは、夏とはいっても雨が降ればまるで秋のような寒さになるんじゃ。その寒さの中、深いらふにぼうるを打ち込んで悪戦苦闘している大河愚図之助を見て、何をしてるんだかこの人は、と詠んだのだな」
「石川遼之進は、確かに大河愚図之助の乱れっぷりには驚いたでしょう。大河は何度もくらぶを地面に叩きつけたり放り投げたりして、荒れまくってました。あれじゃ、若い石川遼之進はびびってしまいますよ」
「大河の態度はよくない。富和斗尊の爪のあかでも飲んで所作ふるまいを見習ってほしいな。どうも近頃は朝青龍にしてもそうだが、強ければいい勝ちさえすればいいと思って大手を振っている輩が多くて、これは困ったもんだ」
「和斗尊はいいっすねえ。昔は惹句肉羅臼との白昼の死闘なんてのもあったそうですが、御隠居は知ってますか」
「知ってますかなんてもんじゃない。ごるふの帝王と新帝王じゃないか。どちらも強い上に紳士じゃった」
「そう言えば、芭蕉って人はあんまし性格のいい人じゃなかったそうですね。かなりのワルだったとか」
「『悪党芭蕉』って本があるくらいだからな」
「性格のことは知りませんが、あっしは、小林一茶のほうが好きですね」
「一茶は、家庭的には不遇だったそうじゃが、句はほのぼのしてるのが多いな。そう、小林一茶なら、全英の大河愚図之助はさしづめ、すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る じゃな」
「大河は虎なのに、なんで馬なんです?」
「くらぶを蹴飛ばしたりぶん投げたりして、あれは高潔な虎なんかではなく、下品な暴れ馬だからじゃよ」
「さすが御隠居、憎いとこ突きますね。それじゃ、せっかく芭蕉、蕪村、一茶と大どころが揃ったんですから、試合の後、茫々とした荒野にたたずんで三人がどういう感想を持ったのか、教えてくださいよ」
「おいおい、まだやるのかい。そうさな、一茶ならこうだな。われと来て 遊べやあすの ないすずめ
「親じゃないんですか」
「いや、親なんだけど、それをあすに置き換えたんじゃ。予選落ちだから2日間で帰らなきゃならん。あすの決勝らうんどには出られない。だから、泣いてないでこっちへ来て遊びなよと」
「はは、いいっすね。じゃ、蕪村は」
「蕪村か、うーん、蕪村なあ。蕪村、蕪村、蕪村は与謝ねえか」
「よしません」
「そうか、じゃ、与謝ねえ蕪村で 何の花や 月は東に 日は西に でどうじゃ」
「来ましたね。菜の花じゃないんですね」
「そう、7月だから菜の花は咲いてない。何の花か名前は分からぬが、小さな白い花が見わたす限り広がっている。いままさに熱戦の一日が暮れようとして、月が東の空にのぼり、日は西の空に沈もうとしている…」
「ちょっと苦しいけど、ま、いっか。じゃ、最後に芭蕉」
「そうだな、芭蕉なら、旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる だな」
「なるほど、遠く亜米利加からわざわざやって来たのに、大河愚図之助のどらいばあは完全に病気だったですもんね。大河病んで 夢は枯れ野を かけめぐる 決まりましたね」
「えーい、ついでだ、芭蕉で、もひとつ。 夏草や つわものどもが 夢の跡
「おあとがよろしいようで…」