地域にとけ込むには

Q31:地域にとけ込むには、どうしたらいいんですか。 A31:うん、これが田舎暮らしを成功させるための、いちばんのキー・ポイントだよね。
 まあ、いろいろ方法はあると思うけど、おれたちの場合で言えば、最初になんでも相談できる人ができたってことが大きいね。
 おれたちは、初め、役場の浜田さんという人(いまではハマちゃんと呼んで親しくしているけど)に、世話になって、その人がおれたちが住むことになる尾戸地区の若いリーダー的な存在の田崎さんという人を紹介してくれた。その人は尾戸地区の保育園の園長をしていて、まあ、顔が広いわけ。役場の浜田氏は立場上、深入りできないので、地主との土地の交渉その他すべてはその園長がやってくれた。
 家が建つまでの貸家探しから、家賃決め、引っ越しの手伝い、近所の人への披露、造成業者、大工の紹介などすべて。 


Q32:知り合いは誰もいなかったんですか。 A32:親戚も、知人も誰もいなかった。だから、その園長だけが頼り。でもその園長がいい人でなんでもやってくれた。結果的には、すべて言われたとおり、造成業者も大工も地元の人にお願いしたのが正解だった。左官も瓦屋も水道屋もみんな地元の人。いまではみんな友だち。なにかあればすぐ来てくれる。町の工務店に頼んでいたらこうはいかなかったと思う。


Q33:それは大きいですね。 A33:その園長がね、地域のソフトボールのチームに入れって言うの。


Q34:入ったんですか。 A34:おれはずっと、野球やってたからね。いきなり4番をまかされて。
 うん、それより、そのソフトボールのチームには、地区の元気のいい人ばかりが集まっていたから、その人たちと知り合いになって、たちまち顔を知られた。町のリーグ戦が毎週あったから、町全域の元気印の人たちとも顔がつながった。
 うちの母ちゃんが庭にいて、郵便屋が来ると、その人もソフトボールの別のチームの人なんだけど「きのうは、お前の父ちゃんにホームラン打たれてのお。少しは遠慮しとってと言うとってや」なんて言われる。だから、すぐなじむことができた。


Q35:それはよかったですね。 A35:それ以外にも、園長はいろいろ紹介してくれた。よく一緒にくっついて歩いたから。
「この人は東京から来た人で、物書きさん」なんてね。
 そうするとね、「うちの裏山にも景色のいいところがあるよ」とかってね。
 物書きっていうから、画家と間違えてんの。
 ある時なんか、近所のおばあさんが、ハガキをいっぱい持ってきて、「宛名を書いてくれ」って言うの。物書きっていうから代書屋かなんかと勘違いしたんだね。見たら、法事の案内。説明してもばあちゃんで分かんないから、書いてあげたけどさ。


Q36:それじゃあ、割とすんなりとけ込めたんですか。 A36:よく、「地域にとけ込めましたか」なんて聞かれるんだけど、園長が横から「この人はとけ込みすぎ!」なんて冷やかすの。


Q37:町の人間が田舎にとけ込むのはむずかしい、とよく聞きますけど。 A37:うちの町にも、東京から移ってきた人がほかにもいて、ある時、その人が訪ねてきた。「どうしても地域の人たちにとけ込めないんだけど」と悩みの相談。
 聞いてみたら、これはむずかしいと思った。
 その人は、言葉の端々に「私の主人は○○大学を出た」とか「○○会社の部長をしていた」とか「○○町に住んでいた」とかが出るんだよね。東京の人間ならみんな「わあ、すごいな」と思うような名前なんだけど、田舎じゃ、そんなもん関係ないからね。自慢にも何もならない。そんなこと言ってちゃだめなんだよ。


Q38:そうでしょうね。 A38:そうだよ。都会の生活を持ち込んじゃだめなのよ。田舎へあとから入ってきたんだから、前から住んでいた人たちにできるだけ合わせなくっちゃね。
 こういう人もいたな。やっぱり東京から移って来たっていうんだけど、名刺を出してね、見たら「元○○大学教授」って書いてあるの。「元」だよ。なにこれ!って。おかしいでしょ。


Q39:名刺なんて通用しない。 A39:誰も持ってないよ。


Q40:金子さんも? A40:おれは持ってるよ。この間、パソコンでつくったの。ほら、これ。シャレでね。肩書きは「百姓・漁師」。いいだろう。使うときないから、あんたに一枚あげるよ。いらない? はっきり言うね、あんたも。