選挙中は開店休業

Q71:いろんな行事がある中でいちばん大変だなと思うのはなんですか。 A71:選挙だね。田舎の町議選はタイヘン。話に聞いてはいたけどさ、こんなにスゴイとは思わなかった。だってね、選挙が始まると仕事ができなくなっちゃうんだよ。


Q72:どうして選挙が始まると仕事ができないんですか。 A72:呼びに来るんだもん。「応援に来んばダメ!」って。家に隠れてれば電話がかかるし、畑にいれば向こうの方から呼ばれる。おれは、もともと町にいたときから選挙なんて興味ないからさ、あまり関わりたくないわけよ。でも、だめ。許してくれないの。だいたい地元から誰か出るからさ、その人の事務所へ詰めていろいろ手伝わなきゃいけないのよ。


Q73:手伝いって、どんなことをするんですか。 A73:どんなことって、たいしてやることなんてないんだけどね。庭でたき火とかして、一日中、だべってるの。公示の日はポスターを貼りに行くけど。あと男は車の運転と応援隊、女の人はウグイス嬢になったり台所の手伝いとか。何台かの車に分乗して朝から演説に行くでしょ。それで昼と夕方に帰ってくるんだけど、おれなんかは留守部隊だから、その間、ずーっとたき火にあたって待ってなけりゃいけないわけ。これがツライのよ。ただ待ってるだけだから。


Q74:時間の無駄みたいですけど。 A74:でしょ。それも1日や2日じゃなく選挙の期間中ずっとだからね。でもね、ほかの候補者なんかが車で通ったとき、誰もいないんじゃ格好が付かないっていうんだよね。
 一度、抜け出して畑に行ってたことがあったんだけど、そこへ隣の地区の候補者が通って、その人とおれ仲良くてさ、その人スピーカーで「金子さーん、お仕事ご苦労様でーす。今晩、遊びに来てよー」なんて叫んでんの。ほかの候補者にも顔見知りが多くてさ、畑にいてもみんな車を止めて寄ってくるから、結局仕事にもなんないし、家にいても選挙カーで庭まで押し掛けてくるから、困っちゃうんだよね。


Q75:地元から候補者が出たらその陣営の人たちはみな、その人に投票するんですか。 A75:いや、そんなことはないよ。もともと狭い地域の中に、がんじがらめに親戚関係がからみあっているから、あっちの地域にもこっちの地域にも親類が大勢いる。両候補とも親戚なんて言う人もいるし。うちなんかは親戚が一つもないから気が楽だけど、その代わり浮動票と見なされるから、あっちからもこっちからも声がかかる。選挙前になると、知らない人がいきなり5,6人で訪ねてきてね。「いい景色ですねえ」とか言って、何しに来たって言わないから、何だろうと思っていると、「誰それの友だちで…」とかムニャムニャ言って、帰りにお酒なんか置いていくの。「ハハー」とそこで分かるんだけど、最初の頃は、「この酒、飲んじゃっていいのかな」って悩んでね。飲まずにとって置いた。いや、この頃は平気で飲んじゃうけどさ。


Q76:投票には行くんですか。 A76:すぐ裏の公民館でやるからね。選管もみな知り合いだし、行かないとすぐ分かっちゃうんだもん。「金子さんはまだ来てないなあ」って。投票率だって90%を越すからね。病院に入院している人とか、寝たきりの人なんかも連れて来ちゃうんだから。スゴイよ。票読みなんかもほぼ確実に当たるって。


Q77:誰が誰に入れたか分かるんですか。 A77:分かるらしいよ。完璧に。


Q78:すごいですね。 A78:うちなんか、越してきて最初の選挙の時、いちばん世話になった人が隣の地区にいて、その人が立候補してね、うちの地区からも候補者が出た。だから、「とりあえず、おれが地元の方へ顔を出すから、お前は隣の地区の世話になった人のところへ手伝いに行け」とやったわけ。そしたら、その日の午後にはもう、「お前の母ちゃんはあっちへ行っとったね」て言われてね。


Q79:たまらないですね。 A79:あるひとに、こんなこと言われた。「投票日まではあっちにもこっちにも適当にいい顔しておいて、片方が当選したら、いかにもそっちを応援したという態度を見せればいい」って。狭い田舎ならではの生活の知恵なんだろうけど、おれなんかにはそんな芸当できないし、またするつもりもないけどね。まあ、それだけ田舎の選挙はタイヘンだってことだよね。


Q80:新人の出る幕なんてあるんですか。 A80:結構、入れ替わりはあるよ。地域単位で、こんどはあの人を出そうなんて決めてね。あの人は何もしなかったから今回はやめてもらおうとか。この前なんか、おれのとこまで来たからね。地域の若い連中が集まってうちへきて、出てくれって。「いや、それだけはカンベンしてくれ」って断ったけどさ。
 だいいち、おれが町議になんかなってみなよ。東京にいる仲間たちがなんて言うか。「おいおい、みんな聞いたかい。金子が町議だってよ。とうとうあいつも頭やられちゃったよ」って、笑われるのがオチだからね。それほどおれも、身の程知らずじゃない、ってぇの。