平成19年6月1日 Vol 155
よかさ!
出生地。
 時はきちんと流れ、人はその流れに沿ってあるいは逆らいながら、きちんと年をとっていく。
 わが家の大黒柱、君子さんが5月27日に(満で)還の暦になるというので、子どもたちがそのお祝いをしてくれると言って、長崎〜東京の航空券を2枚送ってくれた。で、東京へ行ってきた。
 その話を悪友のIちゃんに話したら、「できたお子さんですね。ぼくだったら何か小さなプレゼントくらいはするかも知れないけど、航空券までは贈らないですね」と言ってくれた。まったく同感で、父ちゃんなんか、おふくろが古希になろうが米寿になろうが何も贈らなかった。そうだ、5月22日で94歳になったんだ。いけねえ、忘れてた。
 まあ、だいたい親がだらしないと子どもがしっかりするというのが世の常でね。親があんまりしっかりしちゃあいけないのよ。
 思わぬ東京の旅プレゼント。ただ行くだけじゃもったいない、ということで父ちゃんは急に思い立ってついでに自分のルーツを訪ねてみることにした。こういう気になるところが年をとった証拠だな。
 出生地は、「東京府東京市滝野川区田端275」。(おふくろに電話で聞いた)
 戦災で家を焼かれて世田谷の用賀へ移ったのが3歳で、だから何も記憶にはない。
 場所は、「田端駅裏口から歩いて7〜8分。坂を登って坂を下り2本目の道路を右に曲がって左へ入ったところ。途中の右側に魚屋があった」。(Faxで地図を書いて送ってくれた。でもちょっと怪しい地図)
 長いこと東京で暮らしていたのに、田端へ行ったことは一度もなかった。
 田端駅の裏口は、南口だった。駅を出て急な石段を上がると道路がひとつ横切っていて、それを突っ切る形で細い路地があって、くねくねと曲がった坂道を少し登り、そして下ると2本目の道路があった。魚屋はなかった。(戦災で一帯が焼かれたというのだから当たり前か)。
 角を曲がると、右側の家の庭に年の頃86歳か88歳くらいの老人がいたのでわけを話して尋ねると、「私は終戦後ここへ来たのですが、ここの昔の番地は350だから、もう少し先でしょう」と教えてくれた。で、もう少し先へ行くと、与楽寺坂という看板(北区教育委員会)があって、「芥川龍之介が、田端はどこへ行っても黄色い木の葉ばかりだ。夜とほると秋の匂いがする。と書簡に書いている」と出ていた。
 現在の周辺はアパートや小さな工場もある住宅街になっているが、ちょっとした雑木林もあってそれらしい雰囲気は残っている。結局、ここだというポイントは見つけられなかったのだけど、〈ああ、この辺りで生まれたのか〉と思うと、なにやら不思議な感慨をもよおすのだった。
 すぐ近くに与楽寺という寺があったので入らせてもらったのだが、しんとして誰もいなかった。駅へ戻っておふくろに電話して、「与楽寺って寺が近くにあった?」と聞くと、「覚えてないねえ」とのこと。あれ〜?
 
 電車を一駅乗って谷中を歩いてみた。近頃人気のスポットらしい谷中銀座はひとつ間違うと清里や湯布院みたいになっちゃうような予感を感じさせたが、それでも一歩横の路地に入るとまだ昔の東京がしっかり残っていて、なかなかいい雰囲気を漂わせていた。豆腐屋、肉屋、魚屋、金物屋、煎餅屋…、低いコンクリート塀に囲まれた墓地や、傾きかけた古い民家、その家の玄関先に所狭しと置かれた植木鉢。行き交う人たちの中にはなんだか昔の知り合いがいるような気がして妙に懐かしく、足を止めて店の中を覗いたり、空を見上げたりしたのだった。
 いまどきは全国どこへ行っても似たような町並みになってしまって、道路は広く真っ直ぐで、コンビニや大型店舗、ビルが立ち並び、うるさくて埃っぽくて、情緒のかけらもありゃしない。これじゃ、ひとの心も殺伐となるわけか。なんでこうなっちゃったんだろう、なんてことを考えながらぶらりそぞろ歩いたのだった。

病院。
 肩が痛い、腕が痛い、腰が痛い、足が痛い。
 どうしちゃったのか、この頃どこもかしこも痛い。
 食事をしていて、車を運転していて突然、「あっ!」と叫ぶ。左肩に激痛。3年前から。
 シャツを着るときシャツが左上腕に触れると、これまた激痛。右手で強く押さえても痛くない。シャツが触ると痛む。これは3週間前から。
 朝起きると腰が痛くて前屈ができない。昼間も夜も痛まない。朝だけ。これも3週間前から。
 右足ふくらはぎ激痛で普通に歩けない。これは3週間前、ジョギングしたあと痛み出したから多分、肉離れだろう。それと関連しているのか、右足にしびれがある。これはいままで経験したことがないので気になって、とうとう嫌いな病院へ行くことにした。
 「どうされました」
 「肩と腕と腰と足が痛いんです」
 「どれどれ、手を上げて、曲げて、回して、痛みますか」
 「痛みません」
 「じゃ、ここへ寝て下さい。足を上げて、曲げて、回して、痛みますか」
 「痛みません」
 「レントゲンを撮りましょう。はい、ズボンを下げて。いや、パンツは下げないでいいですよ」
 
 「どこもおかしいとこはないですね」
 「でも、激痛が走るんですよ」
 「痛み止めを出しておきましょう」
 「いや、痛み止めならいらないです。痛いのは我慢しますから」
 「じゃ、血の巡りがよくなるクスリと湿布のクスリを」
  
 「あれ、金子さんじゃないですか。どうされたんですか」
 「なんか、血の巡りが悪いって言われて…」
 「そうですか。大変ですね。はい、きょうは5250円ですね。お大事にして下さい」