平成20年9月1日 Vol 173
よかさ!
入道雲とスイカとオニヤンマ
 今年の夏は入道雲ばかり見ていたような気がする。
 それも普通に見られる入道雲ではなく、思い切り気合いの入った真っ白な入道雲。桜島が噴火したのではと思わせるようなもっくもくの激しいやつで、石でも飛んできそうな入道雲。まさに「にゅうどう」と呼ぶに相応しい「こっれが入道雲だよな〜」という本式の入道雲。
 多分、東京ではこんな凄い入道雲はお目にかかれないだろうなと思ったので、東京からきた友だちに聞いてみたら、やはり「こんな立派な入道雲は見たことない」と目を丸くしていた。今年の夏はそんな入道雲に包まれた日が何日も続いた。暑さも半端じゃなかった。
 思い返してみれば、ずっと昔の子どもの頃、東京でも夏はこんな風景だったような気もする。原っぱで三角ベースをやっていたときも、ネギ畑でギンを追いかけていたときも、くっきりとした入道雲があった。世田谷の用賀には路面電車の玉電が走っていて、駅のすぐ近くにはまだ畑が広がっていて、肥だめもあってそこへ落ちたやつもいたりして、空も圧倒的に青かった。東京へはいまでもたまに行くけれども、羽田上空から見える東京の空は北京と同じで、いつだって灰色だ。そんな空を見ると、まだ着陸もしてないのにもう長崎へ帰りたくなってしまう。
 ギンというのはトンボのギンヤンマのことで、私たちはギンヤンマなどと言わず、単にギンと呼んでいた。雌はチャン。ついでにオニヤンマのことはオニはつけずにただヤンマと呼んだ。
 ギンはネギ畑にたくさん飛んでいた。雄のギンは尻がきれいな空色、雌のチャンは尻が草色がかった茶色。どういうわけか、チャンよりギンが圧倒的に多かった。チャンを一匹捕まえて糸に結びそれを手でぐるぐる回していると、ギンがガシャガシャとしがみつくので、ギンは面白いようによく捕れた。
 チャンが弱ったり捕れなかったりしたときは、ギンの尻に朝顔の葉を手でもんで(こうするとねばねばするので)巻き付けチャンのように見せかけて振り回すと、これに「あ、いい女がいる!」と思ったバカなギンがしがみつくので、ギンはいくらでも捕れた。「オカマ・バーがはやるわけ」が分かったのはずっと後になってからだけど、駆け回ってネギ畑を荒らすのでよく農家のおやじに追いかけられた。巡り巡っていまは自分がその百姓になっているわけだけど、もちろん、こういうことになろうとはその頃は思っても見なかった。人生は分からんもんやで、ホンマ。
 今年の夏は、いつになくヤンマもたくさん見た。
 ヤンマはゆうゆうと泳ぐので貫禄というか堂々とした風格があって好きだ。庭のベンチに座っていると、すーっと頭の上を飛んでいく。遊びに来ていた孫にせがまれて何度か捕まえようとしたのだけれど、しかしギンを捕まえるようには簡単にヤンマを捕まえることはできなかった。網をパッと振り出すのだけど遅いのだ。すーっと真っ直ぐ飛んできているのに、網を出すとパッと急角度に方向転換して体をかわすのだ。父ちゃんすっかり年を取ってしまって、トンボに笑われていると思うと泣けてきた。
 今年の夏で変わったことと言えば、スイカをよく食べた。スイカはタネを出すのが面倒なので普段はほとんど見向きもしないのだけど、暑かったせいかスイカの当たり年で甘いスイカがよく採れた。スイカといえば、最近は先の割れたスプーンで食べさせられるが、あんなものでは食べた気がしない。スイカはやっぱり「がぶっと食らいついてむしゃむしゃ、ぺっぺ!」が本道だろう。スイカなんてもなあ、気取ってたべちゃあ、いけない。ぺっぺだよ、ぺっぺ。
 夏が終わろうとしている。ぺっぺ。
 えっ、フクダの夏が終わった?
 「あ、そう」 ぺっぺ。