平成21年8月15日 Vol 180
よかさ!
蕎麦は黙って食わせろ。
 若い頃は、山へ登った帰りには必ずと言っていいくらい、新宿か渋谷でラーメンを食べたものだが、この頃は途中で蕎麦屋を見つけて立ち寄ることが多い。車の運転はだいたい同伴者にまかせているので、蕎麦前(お酒)をいただく。温泉が先になるか後になるかはそのときどきで変わるが、どちらにしても思い切り汗をかいてお腹も空いているので、酒も蕎麦も腹に染みて「うっめー!」ということになる。
 この夏も、友だちに誘われて佐賀の山に登り、下山後、その友だちに案内されて、山間の街道沿いにある近頃チョー評判という蕎麦屋に立ち寄った。不思議なことに蕎麦屋が隣り合わせて2軒並んでいて、手前の評判の蕎麦屋には車が約30台、もう1軒のほうには3台しか止まっていない。30台のほうには店の前に人があふれ行列ができている。
 「やだな」と私は思った。こういうのが嫌いなのである。
 何かを食べるのに並ぶのも嫌いだし、3台の店を無視して30台のほうへ流れるのも気分が悪い。3台のほうへ入ろうよと言いかけたのだが「ここへ一度入ってみたかったんです」と友だちはずんずん30台のほうへ車を入れた。
 15分ほど待たされてから席に着いた。私はどこの蕎麦屋でも「もり」をたのむことにしている。ところがメニューを見ると「もり」がない。「冷たい蕎麦」のいちばん上に「○○二段」とあってそれがいちばん安いので「あ、これがもりだな」と見当をつけてそれを注文した。
 店内はわんわんと賑わっている。山の中の蕎麦屋ですごいなと感心していると、やがておねえさんが「○○二段」を運んできた。蕎麦は皿のようなものに盛ってあり「つゆを蕎麦にかけて食べてください」と言う。私はこういうのが嫌いなのである。
 食べ方をいちいち店の者に指図されたくないのである。蕎麦はつゆにちょんとつけて、ずずっと音を立てて勢いよくすすりたいのである。
 蕎麦屋に限らず寿司屋なんかでも、講釈や能書きがやたらうるさいおやじがいるところがあるが、そういう店も遠慮したい。昔、串カツ屋で「うちは塩で食べてもらうことになってますんで」とソースを置いてないところがあったが、私は「じゃ、いらねえや」と言って食べずに出てきたことがある。何でもいいから好きに食わせてくれと言いたい。
 並んで嫌な思いをして、指図されてむっと来て、びちゃびちゃした蕎麦を食べて、これではうまいわけがないのである。店に文句をつけているように聞こえるかも知れないが、そうではなく、嫌なら行かなければいいだけで、のこのこ入るほうがいけないのであって、店はひとつも悪くはないのである。
 長崎にあるトンカツ屋で、小さなすり鉢とすりこぎが出てきてごまを客にすらせる店があるのだけど、こういうのも私は嫌いである。なんで金を払う客が店のごまをすらなきゃいけないのか、と思うのである。そうだろう! おんな子どもはそういうことを喜ぶのかも知れないが、いいオアニイサンがすることかってんだ。私がいいオアニイサンであるかどうかは別にして。
 で、蕎麦だけど、にいちゃんを呼んで「ちょこを持ってきてよ」とたのみ、もう一段は「もり風」にして食べ、こんど来たときは隣の3台のほうへ入ろうと決めたのだった。にいちゃんは「嫌な客だ」と思ったかも知れない。
 それにしても3台のほうは「元祖」と看板が出ているのに、なぜこんな格差社会になるのか。たぶん、30台のほうは雑誌かテレビで紹介されたのだろう。そうに違いない。きっとそうだ。
 知人が「蕎麦なんて粉さえ良ければそれがうまいんだ」と言っていたが、半分当たっていると思う。私はふだん料理は一切しないが、蕎麦だけは自分で打つ。自前の蕎麦を古い石臼で挽くから殻が混じってぼそぼそぶつ切りの田舎蕎麦だが、香りも味も申し分ない。何だって食材にまさる料理はないのである。
 知る人は多くないと思うが、蕎麦は若い茎をおひたしにして食べると旨いし、蕎麦の実を雑炊にしたものはこれまた絶品である。花も優しくてきれいだ。
 最近、HPの「海を見ながら」にゴルフと俳句のばか話を書いたら、東京で蕎麦打ちの指導をしている悪友のIが、こんな蕎麦の句があるぞと教えてくれた。
 
 道のべや手よりこぼれてそばの花  蕪村
 
 山畠やそばの白さもぞっとする    一茶
 
 蕎麦はまだ花でもてなす山路かな  芭蕉

  
最近読んだ本。
 この夏は雨ばかり続いて、やっとのこと梅雨が明けたと思ったらたった3日で立秋になってしまった。こんな夏もめずらしいが、雨のお陰で本を読む時間がたっぷりできた。雨を嫌う人は多いが、私は雨がそれほど嫌いではない。図書館でこんな本を借りてきて読んだ。
 風天(森英介)、最後の冒険家(石川直樹)、ザ・ロード(コーマック・マッカーシー)、絵に描けないスペイン(堀越千秋)、この落語家を聴け!(広瀬和生)、川柳うきよ鏡(小沢昭一)、ボローニャ紀行(井上ひさし)、奇縁まんだら(瀬戸内寂聴)、不良ノート(百瀬博教)、江戸川柳(渡辺信一郎)、すごい本屋!(井原万見子)、羊の目(伊集院静)、ハチはなぜ大量死したのか(ローワン・ジェイコブ)、JAZZ it up!(南武成)、怖い絵(久世光彦)、ゴールデンスランバー(井坂幸太郎)、一言半句の戦場(開高健)、麻薬書簡(ウイリアム・バロウズ)、男の世界(石原慎太郎)、熊を放つ(ジョン・アーヴィング)、東京煮込み横丁評判記(坂崎重盛)、下世話の作法(ビートたけし)、ラストラン(志水辰夫)、浮き世のことは笑うよりほかなし(山本夏彦)、我、食に本気なり(ねじめ正一)、心にナイフをしのばせて(奥野修司)、マンボウ最後の大バクチ(北杜夫)、火を熾す(ジャック・ロンドン)、日本ペンクラブ名スピーチ集(日本ペンクラブ編)、憂魂高倉健(横尾忠則)、人情馬鹿物語(川口松太郎)。