平成14年4月23日 Vol 46
東京日記
 東京へ行って来た。
 JASのバースデー割得1万円を利用して、親父の墓参りをして、おふくろの顔を見て、子供や孫たちに会って、ついでに東京見物までしてきた。
 「素通りは許さん」と本條君からメールがきてたけど、今回は友だちには誰にも連絡しないで、こっそり行って帰ってきた。お陰様で、待ちかまえていてくれる友だちは何人かいて、ひとりに会えば、ほかの人から「水くせえぞ」と言われるのは目に見えている。だから、黙ってたんです。みなさん、ごめんなさい。
 東京は、相変わらず人が多い。駅の構内でも電車に乗っても、町を歩いていても店に入っても、人、ひと、ヒト。なんでこんなに多いんだ。これって、異常だぞ。
 渋谷は昔遊んだ町だからなつかしくはあるけれど、もういいや。どうでも好きなようにしてくれ。あっちでもこっちでもケータイ。サラリーマンもガキもジャリもケータイ。なんでそんなにつながりたいんだよ、おめーら。若い男がなんで唇にピアスなんかしてんだよ。なんで女子高生がスカート短くしなけりゃいけねんだよ。腐ったダイコンみてえな足さらしてよ。ほら、そこのババア、電車ん中で化粧なんかすんじゃねえよ。
 高層ビルもこれだけあんのにまだつくろうってのかい。もう建ちすぎだろう。何かが突っ込んで来たって知らねえぞ。まあ、いいや、好きなようにおやんなさい。
貧しい暮らし
 あふれる人の群れに酔って、頭が痛くなった。高層ビルを見上げていたら、首が痛くなった。
 群衆の中の孤独。そうだよな。これだけ人がいるのに、誰一人知ってる人がいない。行き交う人、ぶつかる人、ぜんぶ知らない人。自分が誰なのか。自分は何をしたいのか。誰も自分を見てくれない。みんな知らない人。みんな同じ顔。くそっ、ムシャクシャする。刺したろか。ガソリンまいたろか、ってか。
 だからケータイなのか。だから、唇ピアスなのか。
 「あれ、金子さん。なに、どうしたの。帰ってきたの。こないだテレビ見ましたよ。長崎でずいぶん貧しい暮らししてんだねえ」「おお、斉藤ちゃん。走ってる」「うん、レースにはもう出てないけど、今朝も10km走ったよ。あ、おれ、きょうは夜勤でさ、この電車に乗るんだ、みんなに言っておくよ。じゃあね」 
 群衆の中で、走友と8年ぶりの再会。8年ぶりだぜ。なのに、たった1分間だけの会話。忙しい東京。
サラリーマン
 京葉線検見川浜駅、朝8時55分発の電車に乗った。ラッシュアワーを過ぎていると思ったのに、車内は結構な混みよう。久しぶりの電車。サラリーマン、OL、学生。月曜日だから仕方ないのか、みんな、顔に生気がない。朝から疲れ切った表情。田舎の人は、もっと朝早くてもこんな顔はしていない。だいいち、尾戸の金子農園には曜日がない。金曜夜の楽しみもないが、月曜朝のブルーなユーウツもない。
 席に座っている人は、全員眠っている。口を大きく開けている女もいる。様子からして、バリバリのキャリアウーマンか。高そうなスーツを着ている。抱えているバッグも高そう。おい、口を開けて寝るなよ。お前の勤め先、まさか東電じゃねえだろな。
 つり革につかまっているサラリーマンは、ビッグコミック1名、ジャンプが2名。新書版1名。学生風はメールに夢中。OLは2名がメール、3名がウォークマン。誰もしゃべらない。誰も外を見ない。
 そういえば、父ちゃんはその朝5時に起きて花見川沿いを走ったのだったが、行き交うランナーは誰もが無言だった。気持ち悪かったぜ。散歩している人も、誰も顔を合わせようとしなかった。顔が合って挨拶をしないのではなく、顔を合わせようとしないのだ。これは何なんだ。琴海町では、知らない子供でも挨拶するぞ。
 「おはよう!」って言えないのか。えっ、うっかり知らない人に声でも掛ければ、刺されるか。  

 4月20日は父ちゃんの誕生日。5回目の午年だ。
 その朝、新聞を見てたら、ヒトラー生誕の日と出てた。知らなかった。これは隠しておかねば。「おれは、ヒトラーと同じ日に生まれたんだぞ、すげえだろ」なんて威張れない。
 というわけで、子供たちが集まってお祝いをしてくれた。赤いチャンチャンコじゃ嫌がるだろうってんで、長男が、「鉄人 60 kazue」と入れた赤いTシャツをくれた。次男が、「鉄」と入れた赤いキャップを、娘が、はやりの赤いヒップバッグをプレゼントしてくれた。
 すっかり涙腺がゆるんだジイちゃんは、孫ふたりを膝に乗せて、うれし泣き笑い写真を撮ったのだった。
田舎者
 それにしても、なんと田舎者らしい顔になったものよと思う。真っ黒じゃないか。
 真っ黒と言えば、電車の座席に座っていて、父ちゃん、思わず手を引っ込めたね。まわりの乗客に比べて、ひとりだけ手の色が真っ黒なのだ。百姓焼け、あるいは漁師焼け。いや、どっちも焼けで光ってる。たまに東京へ行くと、いろんなことが分かる。
  顔や手だけじゃない。歩く速度も田舎者になった。歩いていてやたら人にぶつかられる。追い抜かれる。どこへ行っても上を見上げる。立ち止まる。へーっと驚く。
 雨の中、三越へ行って傘の袋を取ろうとしたら、娘に笑われた。きょうび、傘の袋は手で取るのではなく、傘を突き刺して引っ張れば自動的に袋は傘に被さっている。「へーっ」。
 茅ヶ崎の娘のマンションに泊まって、早朝、ひとりで散歩に出た。1時間ほど歩いて帰ったら、セキュリティがしっかりしたマンションでよそ者は入り口の扉が開けられない。閉め出されて、「とほほ」。
 田舎者は田舎者らしく、東京見物をしなければってんで、浅草へ行く。合羽橋で蕎麦打ちの道具を見て、浅草寺をお参りして、あれはなんて言うのかな、顔の部分だけ開いたフーテンの寅さんの格好をしたやつに顔を突っ込んで、母ちゃんに写真を撮ってもらった。「それをやっちゃあ、オシマイよ」と誰かに言われてるような気もしたが、田舎者だから、いいのだ。
 でも、さすがに人力車にはマイッタな。雷門の前で、「旦那、人力車はいかがですか」って声を掛けられた。
 バカヤロ、ふざけんなよ。俺はなあ、こう見えてもな…。
 「アタクシ、生まれも育ちも、東京市滝野川区田端です。東京都じゃない、東京市だよ。荒川区じゃない、滝野川区だ、まいったか。なに、まいらない。あ、そう。滝野川でうぶ湯を使い、姓は金子、名は数栄、人呼んでフーテンの鉄と発します…」