前200年頃『士師記』第2章(日本聖書協会訳『聖書』より)
すなわち彼らは主を捨てて、バアルとアシタロテに仕えたので、主の怒りがイスラエルに対して燃え、かすめ奪う者の手にわたして、かすめ奪わせ、かつ周囲の敵の手に売られたので、彼らは再びその敵に立ち向かうことができなかった。
紀元前1300年頃、エジプトが弱体化し、その属領カナンがの統治が弱まると、イスラエル人たちはカナンへ「侵攻」を始めた。そのカナン人たちが崇敬していたのが、バアルとアシタロテである。民族が接触すると、その文化的影響を受けることになり、イスラエル人の中にも、バアルとアシタロテを崇敬するものが出てくる。そんなバアルとアシタロテを崇敬したイスラエル人に、激しくヤハウェが怒ったというのが、この記事。
前200年頃『列王紀上』第11章(日本聖書協会訳『聖書』より)
ソロモンが年老いたとき、その妻たちが彼の心を転じて他の神々に従わせたので、彼の心は父ダビデのようには、その神、主に真実でなかった。これはソロモンがシドンびとの女神アシタロテに従い、アンモンびとの神であるミルコムに従ったからである。
イスラエル人がカナンを制圧し、国家を築いて後、ソロモン王は寛大なのか、政略的なのか、他宗教の活動を認めた。だがそれは、神の怒りを買うことになる。いずれにしても、ソロモンが悪魔を使役していたという伝説は、こうした他宗教を持ち込んだことにある。「女神」とあるように、アスタロトはもともとはメソポタミア全域で崇拝された女神だった。
前200年頃『列王紀下』第23章(日本聖書協会訳『聖書』より)
また王はイスラエルの王ソロモンが昔シドンびとの憎むべき者アシタロテと、モアブびとの憎むべき者ケモシと、アンモンびとの憎むべき者ミルコムのためにエルサレムの東、滅亡の山の南に築いた高き所を汚した。
『列王紀上』では「女神」とされていたが、ここでは「憎むべき者」となり、悪魔化していくこととなる。この王とはヨシュア王で、この前後、ヨシュア王による徹底的な宗教弾圧が描かれている。
前1世紀頃『ダマスコ文書』第5章(日本聖書学研究所訳『死海文書』より)
しかしダビデは、かの箱の中にあった、封じられた律法の書を読まなかった。何となれば、それは、エレアザルとヨシュア、そしてアシタロテを拝んだ長老たちが死んだ日から、イスラエルにおいて開かれなかったのである。
唐突にアシタロテの名前がでてきたが、これが何を指しているか、私にはわからない。上の『列王紀下』の記事を踏まえたものかもしれない。
1629年『教皇ホノリウスの書』(ジョルダーノ・ベルティ『天国と地獄の百科』より引用)
おおアスタロース、邪悪な魔物よ、私はお前に祈る、神の力と言葉によって、その神とは力の神、ナザレのイエス・キリスト、あらゆる霊を従えた者、処女マリアから生まれた者である。
この書は魔術実践本で、これは悪魔召喚の呪文から。
1667年ミルトン『失楽園』第1巻(岩波文庫)
これらの一群の者と共にやってきた者に、アシトロテ――フェニキア人の呼び名でいえばアスタルテ、つまりあの三日月型の角を頭に頂いた天の女王がいた。月影さやかな夜ともなれば、彼女の煌く像に向かい、シドンの乙女たちは誓いの祈りを捧げ、歌を捧げたが、同じ歌声はシオンの山でも響いた。そこの背神の丘の上にも、聡明な心の持ち主ではあったが、偶像を拝する美しい女たちに惑わされ、自分自身もおぞましい偶像の前についに帰依した、妻に甘いあの王の手でアシトロテの宮が建てられていたからだ。
とても美しい天の女王としての姿が描かれている。これの少し前の節には、バールの名とともにあげられ、男神にも女神にもなる、両性具有とされている。
1812年コラン・ド・プランシー『地獄の事典』アスタロト(講談社)
地獄に権勢を誇る大公爵。きわめて醜い天使の姿で地獄の竜にまたがり、左手にマムシを持つ。
もはや、「女神」としての面影は無い‥‥。
1860年エリファス・レヴィ『魔術の歴史』第三之書第三章悪魔について(鈴木啓司訳/人文書院)
アスタルテ、リリト、ナエマ、アスタロトは放蕩と挫折の偶像である。
当然、エリファス・レヴィ(1810〜1875)の時代には、悪魔は妄想の産物、悪徳の擬人化とされている。