バール


前1400年頃『バアルの物語』(T.H.ガスター/矢島文夫訳『世界最古の物語』より)
 神聖なバアルの声が響き、バアルの雷が鳴りわたるとき、大地はふるえ、山々はおののき、高地は揺れどよめく。彼の敵たちは山腹にすがり、また森かげに逃げはしり、東から西へ、あわてふためいて、彼の面前からのがれ去る。
 これはシリアのウガリットから発見された粘土板に書かれた神話。バールはこのウガリット神話の主神で、雨の神だった。河の神の竜ヤムと主神の座を争い、これを倒して主神の座につくが、今度は死の神モトの策略により、死の国から戻れなくなり、死んでしまう。バールが死ぬと、今度は少年神アシュタルが主神の座についていたが、バールは妹アナトの働きで復活。アシュタルを押しのけて、再び主神の座についたというのが、大体の粗筋だ。死と復活の密儀である。

前5世紀頃ヘロドトス『歴史』iconクレイオの巻(松平千秋訳/岩波文庫)
 町の両区域ともその中央に囲いがあり、一方は壮大堅固な壁をめぐらした王宮であり、他方は「ゼウス・ベロス」の青銅の門構えの神殿である。この神殿は私の時代まで残っており、方形で各辺が二スタディオンある。聖域の中央に、縦横ともに一スタディオンある頑丈な塔が建てられている。
 これはバビロン(現イラク中部)にあったバベルの塔をヘロドトスがリポートしたもの。「ベロス」はバールのギリシア的転訛で、ゼウスと同一視して、「ゼウス・ベロス」となっている。この塔は8階建てになっていて、塔の頂上に神殿はあるが、神像は置かれていない。この神殿には一人の巫女以外は泊まることがない、という。

前200年頃『士師記』第2章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 イスラエルの人々は主の前に悪を行い、もろもろのバアルに仕え、かつてエジプトの地から彼らを導き出された先祖達の神、主を捨てて、ほかの神々すなわち周囲にある国民の神々に従い、それにひざまづいて、主の怒りをひきおこした。
 紀元前1300年頃、エジプトが弱体化し、その属領カナンがの統治が弱まると、イスラエル人たちはカナンへ「侵攻」を始めた。そのカナン人たちが崇敬していたのが、バールである。民族が接触すると、その文化的影響を受けることになり、イスラエル人の中にも、バールとアシタロテを崇敬するものが出てくる。そんなバールとアシタロテを崇敬したイスラエル人に、激しくヤハウェが怒ったというのが、この記事。

前200年頃『列王紀上』第18章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 「あなたがたはいつまで二つのものの間に迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」
 というのは、預言者エリヤの言葉だ。エリヤはバアルの預言者450人を集め、バールが神か、主が神かを問うた。エリヤはバールの預言者たちに、祭壇に生贄を奉げ、バールに呼びかけ、答えてくれるか試みよといい、バールの預言者はその通りにしたが、何も起こらなかった。エリヤが主に祈りを捧げると、主の火が下って、あたりを焼き尽くし、その地からを示したという。バールの預言者たちは捕らえられ、キション川で殺されたという。

前200年頃『列王紀下』第10章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 エヒウはその侍衛と将校たちに言った、「はいって彼らを殺せ。ひとりも逃してはならない」。侍衛と将校たちはつるぎをもって彼らを撃ち殺し、それを投げ出して、バアルの宮にある柱の像を取り出して、それを焼いた。また彼らはバアルの石柱をこわし、バアルの宮をこわして、かわやとしたものが今日まで残っている。
 ここでも、バール信徒虐殺計画が実行され、多数のバール信徒が殺されている。エヒウは、偽りのバール祭儀を執り行い、バール信徒を集め、皆殺しにしたのである。

前200年頃『エレミヤ書』第32章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 またベンヒンノムの谷にバアルの高き所を築いて、むすこ娘をモレクにささげた。
 ここでは、モレクとバアルが同一になっている。

前200年頃『ゼパニヤ書』第32章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 わたしはこの所からバアルの残党と、偶像の祭司の名とを断つ。
 主の言葉。よっぽどバール信者を滅ぼしたかったらしい。

前1世紀頃?『エレミヤの手紙』40(日本聖書学研究所訳『聖書外典偽典2』より)
 さらにカルデア人自ら面目を傷つけているがそれに気づかない、と言うのは、口のきけない唖者を見つけると神像の前に連れてきて、この男が話せるように、ベルに嘆願する、まるでベルが聞き得るかのように、そして彼らはその結果を見てそれら神像を捨て去るということができない、彼らにはまるで理解力が欠けているからだ。
 この『エレミヤの手紙』は、ヘロドトス『歴史』iconとリンクする内容で、バビロニア(カルデア人はバビロニア人と同じ)のベル神像とその信仰に対する批判がずっと書かれている。

紀元前後頃『ベールと龍』(関根正雄訳『旧約聖書外典』下巻icon/講談社文芸文庫)
 バビロニア人は、ベールという名の偶像を祀っていたが、この偶像に供える毎日の供物はたいへんなもので、上等の小麦粉十二樽、羊四十頭、それに六樽のぶどう酒にものぼる量であった。王もこの偶像をうやまい、毎日かかさず礼拝に行っていた。
 これは『ダニエル書』の、『七十人訳ギリシア語聖書』で追加されたエピソード。この王はペルシア人クロスだそうだが、バールを熱心に崇拝し、毎日供物をしていた。その供物は、毎日綺麗に無くなるので、王はバール神が食べているのだと思っていたが、ダニエルはこのトリックを見事に破る。単に、祭司たちが食ってただけ(笑)。これにより、バイールの祭司達は処刑され、神殿も壊されたという。

3世紀頃『The Testament of Solomon』(JD訳)
 すると、すぐに神の心は私を離れ、私の言葉は愚かなだけでなく、無力となった。その後、私はバールと、ラファと、そしてモレク神などの、偶像の寺院を建てるという彼女の望みを聞き入れたのだ。
 ソロモン王が妻達のために、異教の神々を祀ったという記事。

1667年ミルトン『失楽園』icon第1巻(平井正穂訳/岩波文庫)
 ユーフラテス河から、エジプトをシリアの地より分けている例の河に至る地域において、バアル及びアシタロテという一般的な名で呼ばれた邪神で、前者は男性神、後者は女性神であった。というのは、天使たちは、気の赴くままに男女いずれの性をも、或は同時に男女両性をも、自分の性とすることができたからだ。
 という風に、性別が自由自在に変化する悪魔とされている。

1812年コラン・ド・プランシー『地獄の事典』バールの項(床鍋剛彦訳/講談社)
 地獄に広く勢力を持つ大公爵。地獄軍の大将とする悪魔学者もある。かつてはカナンやカルタゴ、カルデア、シドンなどで崇拝され、イスラエル人も偶像礼拝の対象とした。生贄には人間が捧げられた。アルノビウスによれば、崇拝者たちはバールの明確な性別を決めなかった。アジアでは、しばしば太陽神とみなされている。
 ミルトンがバールを性別が変化するとしたのは、3世紀のアルノビウスが元ネタだった模様。


研究室