1835年ゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』(植田敏郎・原卓也訳『怪奇小説傑作集5』創元推理文庫収録)
妖怪どもにみちびかれて堂内へ入ってきたのは、へんに胴が短くずんぐりした、わに足の男だった。土まみれの手足は、まるで筋張った木の根のようにがぎがぎしていた。たえずつまずきながら、よたよた歩いてくる。瞼がだらりとたれさがって、足もとまでのびている。その蜘蛛のような不気味な顔を見て、ホマはぎょっとした。その男は妖怪に手をひかれて、まっすぐにホマのほうへみちびかれてきた。「瞼をもちあげてくれえ、見えないわい!」土精(ヴィイ)は地の底からひびいてくるような、無気味なこもった声で言った。
ヴィイは水木しげるの『妖怪《世界編》入門』などでは「ブイイ」と表記されている。この『妖怪《世界編》入門』の解説、「若い僧が死んだ娘の通夜にお経をあげていると、夜中に死んだはずの娘がおきあがって襲ってきたという」というのは、ゴーゴリ(1809〜1852)の『妖女(ヴィイ)』のあらすじに等しい。ゴーゴリの『妖女(ヴィイ)』は、若い神学生が旅の途中で魔女と出会い、それを殺してしまうが、その魔女の正体はある村の娘で、神学生はその娘の通夜で祈祷を行うハメとなり‥‥という話。ヴィイは、死んだはずの娘が通夜で起き上がり、妖怪たちを呼び寄せる、クライマックスに登場する。『怪奇小説傑作集5』の巻末解説には「ヴィイとは地中に住んでいると信じられている恐ろしい魔性の老人」を意味するとあるが、一般的にはゴーゴリの創作だと考えられているようだ。余談だが、某サイトのヴィイの項にある、「魔女の尻尾に唾をかければ魔女は何もできなかったのだ」というのも、ゴーゴリの『妖女(ヴィイ)』中に出てくるセリフである。ちなみに『妖女(ヴィイ)』は1967年に映画化され、日本でも『妖婆 死棺の呪い』(ビデオ版では『魔女伝説ヴィー』と改題)という邦題で公開されている。