ケルベロス


前700年頃ヘシオドス『神統記』(廣川洋一訳/岩波文庫)
 さて、乱暴で無法者の怖るべきテュポエウスが煌めく眼の娘(エキドナ)と情愛の契りをしたといわれている。やがて身ごもった彼女は、頑なな心を持つ子供らを生んだ。すなわちゲリュオネウスの牧犬オルトロスを。つぎに争いならず名を呼ぶことも憚かれる、生肉喰うケルベロスを生んだ。これは冥府の青銅の声を持つ番犬で、五十の首をもち、残忍で、手のつけられぬものである。
 『女神転生』シリーズで有名?なケルベロス。この頃は、首が50個もあった。神話だからいいけど、リアルに存在したら、物凄くイヤだよなあ。

前19年ウェルギリウス『アエネーイス』icon第6歌(岡道男、高橋宏幸訳/京都大学学術出版会)
 この王国には巨大なケルベロスが三つ首の喉から吠える声を響かせつつ、怪異な姿を正面の洞窟の中に横たえている。いまや、その首に蛇の毛が逆立つのを見るや、巫女は蜂蜜と穀粒に薬を加えて眠りを催す団子を投げた。と、こちらは狂おしい餓えのため、三つの喉を開くと、投げられたそのままに喰らいつく。すると、奇怪な背中から力が抜けて、地面に大の字になる。洞窟全体に巨体が伸びた。
 アエネーイスらが冥府に行った時の話。ケルベロスに眠り薬入りの餌を与えて眠らせ、その隙に通過した。地獄の番犬といえど、食べ物には弱い犬だった。

1世紀頃アポロドーロス『ギリシャ神話』icon第2巻(高津春繁訳/岩波文庫)
 第十二番目の仕事として地獄からケルベロスを持ってくることを命ぜられた。これは三つの犬の頭、竜の尾を持ち、背にはあらゆる種類の蛇の頭を持っていた。
 ヘラクレスの話。これが一般的なケルベロス像だと思う。ヘラクレスは冥府は行き、プルトンにケルベロスを求めたところ、武器を使わないで捕らえるように命じられ、ヘラクレスは見事にケルベロスを素手で取り押さえたって話。

1307年ダンテ『神曲』icon地獄編第6歌(寿岳文章訳/集英社文庫)
 三つの喉をもつ猛く異様なチェルベロは、水びたしの亡者たちに向かい、犬のように吼えしきる。その眼は赤く、腹ふくれ、手には鉤爪があって、亡者たちをひっつかみ、皮を剥ぎ、八つざきにする。
 『神曲』の地獄にも登場。地獄の第三圏にいる。アエネーイスの話を参考にしたのか、こちらでも餌を与えてダンテたちは通過している。

1667年ミルトン『失楽園』icon第2巻(平井正穂訳/岩波文庫)
 その腹部のまわりには一群の地獄の猟犬がいて、ケルベロスのような大きな口をあけて絶え間なく大声で吠えており、その喧々囂々たる鳴声はあたり一帯に響いていた。
 これはケルベロス自体ではなく、スキュラに取り憑いている犬の話。

1812年コラン・ド・プランシー『地獄の事典』ケルベロスの項(床鍋剛彦訳/講談社)
 ケルベロス(別名ナベルス)はヨーロッパでは魔神とされている。たとえば、ヴァイヤーはこれを地獄帝国の侯爵の一人に数えている。ケルベロスは強靭で、三つ頭の犬もしくはカラスの姿で現れる。しわがれ声だが雄弁にして慇懃、美術を教えるかたわら、一九の軍団を統治する。
 ここでは悪魔化している。そればかりか、なんと、1586年にピカルディー地方のマリー・マルタンという女性と結婚したらしい。



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