メデューサ


前700年頃ヘシオドス『神統記』ケトとポリュキスの子(廣川洋一訳/岩波文庫)
 ここに棲む者たち、ステンノ、エウリュアレ、のちに悲惨な目にあうメドゥサを生みたもうた。彼女は死すべき身の者であったが、他の二人は不死であった。ふたりとも。この一方と黒髪の主(ポセイドン)が共寝をなさった。柔らかい牧草と春の花の間で。
 『神統記』では主に出生の系譜が書かれている。ケトとポルキュスの間に、ペンフレド、エニュオ(この2人をグライアと呼ぶ)、ステンノ、エウリュアレ、そしてメドゥサ(この3人をゴルゴと呼ぶ)の5人の姉妹が生まれた。メドゥサがペルセウスに首をはねられると、そこからクリュサオルとペガサスが生まれたという。

8年頃オウィディウス『変身物語』icon第4巻(中村善也訳/岩波文庫)
 メドゥーサは、もとはすばらしい美女だったのです。たくさんの求婚者たちにとって、羨望をまじえたあこがれのまとでもありました。わたしは、その頃の彼女を見たという人に会ったことがあります。その彼女を、海神ネプトォーヌスが、ミネルウァの神殿で辱めたのです。ミネルウァ女神は、顔をそむけ、純潔な頬を神盾で隠しました。そして、この罪を罰するために、メドゥーサの髪を醜い蛇に変えられたのです。
 これはメドゥーサを殺したペルセウスが語ったセリフとして書かれている。『変身物語』というタイトルにあわせてか、メドゥーサの髪が蛇になった理由が説明されている。ネプトォーヌス(ポセイドン)とミネルウァ(アテナ)の神殿で抱き合ったため、女神の怒りを買ったのらしい。

1世紀頃アポロドーロス『ギリシャ神話』icon第2巻(高津春繁訳/岩波文庫)
 またヘルメースから黄金の鎌を得て、空から飛んでオーケアノスに来り、ゴルゴーンたちが眠っているところを見つけた。ゴルゴーンたちはステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。メドゥーサのみが不死ではなかった。それゆえにペルセウスはこの女の頭を取りにやられたのである。ゴルゴーンたちは竜の鱗でとり巻かれた頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金で、その翼で彼女らは飛んだ。そして彼女らを見た者を石に変じた。
 『変身物語』ではメドゥーサだけが怪物だったのが、アポロドーロスの説明では、ゴルゴーン3姉妹全員が怪物となった。

2世紀頃パウサニアス『ギリシャ案内記』第2巻21章(馬場恵二訳/岩波文庫)
 アルゴスの広場中央の建造物からそう遠くないところに土盛りがあって、その中にはゴルゴなるメデゥサの首が埋まっていると伝わっている。だが神話の霧を払えば、彼女について語られていることはつまりはこうなのだ。彼女はフォルコスの娘であって、父親が死ぬとトリトニス湖周辺に住む者たちの女王となって、狩猟にも出れば、リビュア人を率いて合戦の指揮も執った。だが、ペロポネソス選り抜きの精鋭部隊が従軍していたペルセウスの軍勢と対峙していたとき、夜陰にまぎれて暗殺されてしまった。ペルセウスは遺体になお残る彼女の美貌に感嘆のあまり、彼女の首を切り取って、ギリシア人に見せるために持ち帰ったという次第なのだ。
 なんと、メデゥサは実在した女王で、ペルセウスは侵攻してきた軍隊だという説がここでは述べられている。かわぐちかいじの『Medusa』iconは、これをベースにしていたのかもしれない。

1307年ダンテ『神曲』icon地獄編第9歌(寿岳文章訳/集英社文庫)
 「メドゥーサに来させて、彼奴を石に変えよう。」かれらは下方を見て口々に叫ぶ。「テゼオが攻めの復讐をし損じた轍を踏むな。」「うしろを向き、眼を閉じよ。ゴルゴンあらわれ、その姿を君が見たらば最後、上界へ帰る手だては絶対に無い。」こう師は言い、手ずから私をくるりとうしろ向かせ、私の手を心もとながり、みずからの手で私の顔を掩った。
 冒頭のセリフでメドゥーサを連れてこようとしているのは、復讐の三女神フリエたちである。師は当然、詩人ウェルギリウス。フリエたちはメドゥーサをけしかけ、ダンテの地獄旅行を邪魔するが、ウェルギリウスと天の使いによって助けられる。

1667年ミルトン『失楽園』icon第2巻(平井正穂訳/岩波文庫)
 だが、「運命」がそれを許さなかった。ゴルゴン特有の凄まじい形相をしたメドゥーサが、渡し場に陣取って彼らが水を飲むのを妨害したばかりでなく、水そのものが生ける者に飲まれるのを嫌って、かつてタンタロスの唇から逃げたのと同じように、彼らから逃げていった。
 『神曲』で地獄に呼ばれたまま、そのままいついたのか、『失楽園』の地獄の描写の中にメドゥーサが登場している。地獄に堕ちた天使たちは、地獄を流れる河のひとつ、レーテ河の渡し場でメドゥーサと出会う。

1831年ゲーテ『ファウスト』icon第一部ワルプルギスの夜(相良守峯訳/岩波文庫)
 あんなもの、ほって置きなさい。あれはいいもんじゃないです。あれは魔法の影絵です、生きちゃいない、まぼろしです。あれに出くわすと、ためになりません。あれの眼でじっと見られると、人間の血が凝り固まって、ほとんど石に化せられてしまうのです――それメドゥーサの話をご存じでしょう。
 これはメフィストフェレスのセリフで、魅力的な乙女に魅了されてしまった男(ファウスト)の状態を表したもの。女は魔物か。ただし、この頃、当のグレートヘンには大変なことが起こっている。



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