3月30日,ほぼ30年振りに,桜見物をかねて島原を訪ねてみました.   
街は数年前の普賢岳大噴火の跡もおおかた整理されて活気を取り戻して
いるように見えました.                       
日本全国に,桜の名所は数あり,島原のそれは決して抜きん出た物ではあ
りませんが, 島原城の四周を囲む堀端沿いに,総数200本近い桜が植えら
れており,堀端を散策しながら,お城と桜を鑑賞出来るする点に特徴があ
ると言えるかも知れません.    
当日は,好天に恵まれ,満開の桜を堪能出来ました.          


島原城内の資料を見学のとき,意外なことを知りました.       
島原の乱のあと, 徳川幕府は島原の復興のため血縁の松平忠房を福知山
から移封するとともに,九州の各藩に人数を割り当て,領民を島原に移住
させたと言います.                        
また,藩の石高(7万石)に見合う年貢米確保の為に,大分の豊後Tを飛地
領とし,それは明治になるまで続いたのだそうです.         
このようないきさつから,島原市と福知山市,豊後T市とは昭和40年代
に姉妹都市契約を結んでいるそうです. 

実は,豊後T は JIJI-BABA の原産地なのです. 
豊後Tは,国宝富貴寺などもあり,仏の里と言われる土地柄です.    
キリシタン反乱の地,肥前島原と遠く離れた豊後の仏の里とが,どのよう
な因縁で結ばれたのか大変興味ある事ですし, 奇縁と言うべきでしょう
か,JIJI-BABAも初め知った話です.旅はしてみるものですね.      

領民の移住は遠く瀬戸内海の小豆島からもあり, 島原名産のそうめんが
小豆島系である所以です.
帰路,30年来そうめんを取り寄せてきた島原有家町のそうめん屋さんに
立ち寄りました. 初対面でしたが歓待され沢山のお土産を頂戴しました.
人のご縁もまた奇なりです                     


                      平成14年3月30日





「島原城の桜」
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