史談会主催ランタン祭り見学の一環として,「唐人屋敷跡」の4堂巡りをしました. 

4堂とは「土神堂」「天后堂」「観音堂」「福建会館−天后堂」を指します.

当日の赤蝋燭献火の様子は下の写真の通りでありますが,ここで「唐人屋敷跡」

の概要を,劉 寒吉著「長崎歴史散歩−唐紅毛のロマン」(昭47年創元社)により

                                 紹介しましょう.
「新地のとなりの広馬場から東へ一町行った四つ辻に[唐人屋敷跡]の石標がある.

すでにむかしの唐館の内である.あたりは魚菜や日用品の市場で,そのゴミゴミ

した風情はどことなく古いはなしにきいた中国の裏町の市場を思わせる.  

 市場の中央に赤煉瓦の塀にかこまれて土神堂の跡がある.一段高いところに

祠があるが,むかしの堂はもっと大きな構えだったにちがいない.

「長崎名勝図会」に「土后神祠、中門の向ふ正面にあり」とあるから,唐館の中

心部に近いあたりである.                       

 土神堂の右側の狭い石段の道をのぼりつめたところに天后堂がある.

舟神の媽姐をまつる堂だが,鉄柵をしているので庭には入れない.その前を左に

折れて突き当たると観音堂で,朱塗りの堂内に百本蝋燭の鉄台がある.天后堂 

も観音堂も建物は明治初期のものだが,すでにものさびて,いかにも唐人屋敷の

遺跡にふさわしい,どこかわびしいげな情調を漂わせている.

 総面積が九千三百八坪という広大な地域に唐館が竣工したのは元禄二年(1689)

四月十五日で,その日を前後して長崎在住の中国人はすべてこの一劃に収容された.

-------」                               




劉 氏の紀行記から30年が経ち,周囲の景観には若干の変化はありますが,

その情調は今も変わりません.                      

新しいこととして,福建会館の境内に近代中国の父,孫文の銅像が建っています.

最近上海市から寄贈されたとの事です.

          平成14年02月17日


土神堂

天后堂

観音堂

福建会館−天后堂

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