10 海も穏やか、人もおだやか | |
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Q91:そちらの人たちの性格とかは、どうなんでしょうか。 | A91:穏やかだね。ギスギスしていない。 これはね、温暖な気候のせいもあると思うけど、もう一つ、大村湾が起因してると思うね。大村湾はいつも静かでしょ。めったに荒れたりしない。いつもその静かな海を見ながら暮らしている。これならね、人も穏やかになるって。 おれなんてさ、東京にいたときは、いつもイライラしてたからね。町はさ、人であふれ、電車は満員、道路は渋滞。緑はなく、空気は汚れ、騒音もひどい。イライラする材料がいっぱい揃いすぎてるもんね。そういうのって絶対、関係あると思うよ。 |
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Q92:確かに、環境が人をつくるってことはあるでしょうね。 | A92:電車内が混んでるので「詰めてくれませんか」って言ったら、殺されちゃうんだろう。ひどすぎるよね。もっとも、こっちには電車なんか走ってないからさ。バスだって、1日に3本しか通らないし、しかもガラガラだから、詰めようがない。「すみません、詰めてください」なんて言ってごらんよ。馬鹿か、って言われるよ。いや、こっちの人はそんなこと言わない。おばあさんなんか、ほんとに詰めちゃうかも。素直で素朴だから。 |
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Q93:怒ったりなんかしないんですか。 | A93:まず、怒らないね。おれの師匠の佐藤さんなんか、怒ったの一度も見たことないもん。物を盗られても怒らない。いや、この間、ちょっとそういうことがあって、大事にしていた魚を入れるカゴを盗られたんだけど、「よかさ」の一言で終わり。おれだったら100%怒るよ。 これはほかでエッセイに書いたことがあるんだけど、ある時、漁から帰って魚を上げていたら、トンビが一羽舞い降りて魚をくわえて行った。おれだったら石でもぶつけるところだけど、佐藤さんはこう言ったのよ。「そうかそうか、巣には子がおるんじゃろう。もうひとつ持っていけ。ほら!」ってね。すごいでしょ。 |
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Q94:優しいんですね。 | A94:おれも見習おうと思って努力はしているつもりなんだけど…。 |
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Q95:なかなか、なれない。 | A95:「ますます研ぎ澄まされてきてる」って、母ちゃんが言うからね。何かあるとすぐ怒るから、おれは。 |
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Q96:火事と喧嘩は江戸の華。 | A96:そう。江戸っ子だからね。 寄り合いの時でも、こっちの人はみんな、なかなか意見を言わないんだよね。飲み会になって酒が回れば言うんだけど、しらふの時は黙ってる。飲んでぐだぐだ言ってる若いやつがいたので一度、頭に来て「文句があるんだったら、ちゃんとした席でハッキリ言えばいいじゃねえか」って言ったら「言えばみんなから白い目で見られる」って。で、あとでいろいろ聞いてみたら、子供の頃から「あまり目立つんじゃないよ」と親に言われてるんだね。それで思い当たったんだけど、おれが副区長を任されたとき、ある人に言われた。「自分が役のときは、何があってもおとなしくしていなさいよ」って。 |
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Q97:それじゃ、何か変えようとしても、新しいことが決まりづらいでしょう。 | A97:だから、変わらないでずーっと来てる。それでうまくいってるんだからいいのよ。 |
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Q98:狭い社会だから、もめ事は嫌うというのもあるんですかね。 | A98:そうかもしれない。みんなで助け合って暮らしてきたということは言えると思う。だから、とにかくみんな親切だよね。もう、親切にされたことは数え切れないほどある。これは一部の限られた人だけでなく、みんながそう。 たとえばね、おれたちが初めて越してきた日のことだけど、初めに借りた家は侵入路が狭くて大型トラックが入れないんだよね。で、早朝、着いてみたら町道からの入り口のところに軽トラがズラーッと7,8台停まって、近所の人たちが総出で出迎えてくれてたの。そこで荷物を積み替えてあっという間に片づけてくれちゃった。ほとんどの人が初対面なのにだよ。感動したね。「すごいところへ来た」と思った。 だってさ、十数年住んだ都会のマンションを出発するとき、見送ってくれたのはたった2,3人だよ。 |
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Q99:歓迎してくれたんですか。 | A99:もう、大歓迎。「よく、こんな田舎へ来てくれた」って。 |
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Q100:よかったですね。 | A100:初日からだからね。不安がいっぺんに吹き飛んだ。 |
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