11 親切の度合いが違う

Q101:よそから来た人に対しての拒否反応とかは、どうなんですか。田舎は閉鎖的ということを、よく聞きますけど。 A101:そう、それがいちばん気がかりなことでね。おれもずいぶんその辺のことは事前に調べた。それで琴海町はそういうことが比較的ないということで、選んだんだよね。離島なんかは結構、閉鎖的な面があるということを聞いたので、初めから候補地としてははずした。
 とにかく、この尾戸というところは、寛大な気風というか、みんなおしなべて気持ちがおおらかだよね。隣の町に知人がいるんだけど、その人はその地に来て40年経つんだけど、いまだによそ者扱いされるって言ってた。おれは、いままでそういう経験まったくないからね。


Q102:入って来る人の人柄にもよるんじゃないんですか。 A102:いや、ここの人たちは、人を選んだりしないよ。だってね、外国人がよくうちに遊びに来るので海に連れて行ったりするんだけど、そんな外国人に対して気後れするなんてこと、まったくないからね。ふつうだったら逃げるとか、逃げないまでも知ってる限りのつたない英語で話しかけるとかするじゃない。この辺の人は、尾戸弁丸出しでぺらぺらしゃべるからね。「どっから来たと。一緒に焼酎飲んでいかんね」と、相手が外国人だろうがいっさいお構いなし。アメリカ人なんかもそうじゃない。日本人に対して、合わせて日本語を話そうなんてしないでしょ。それと一緒。だからまあ、進んでいるというか、なんと言うか。
 もともと長崎は、オランダとかとの交流が昔から盛んで、そういう気風があるんじゃないのかなあ。でも、これが山の方へ行くとまた少し違うんだよね。隣の町に山の深い地域があるんだけど、ここなんかは少し閉鎖的なところがあるもんね。山は資源が限られているから、よそ者に対しては警戒するところがあるという話を聞いたことがあるんだけど、そうかもしれないと思うよ。


Q103:海辺は開けているから、心もオープンになると。 A103:と思うね。みんな親切だもん。その親切も度合いが違う。親切な人は並はずれて親切。損得なし。アメリカ南部なんか旅してると、めちゃめちゃ親切な人に出会うことがあるけど、よく似てる。


Q104:たとえば。 A104:そうね、うちは初めにやったのがスイカなんだけど、いきなりやって400個くらいの立派なスイカができて、市場に出荷して何十万円か稼がせてもらった。でも、実際につくったのは佐藤さんなんだよね。ビニール・トンネルのいろんな材料を持ってきて組み立ててくれたのも、毎日の管理も、ぜんぶ佐藤さんがやってくれた。おれたちは教わりながら見てただけ。
 ミカンだって、収穫の時期はみんな一緒なんだけど、おれたちがもたもたやってると、見かねてやってきて収穫してくれる。自分たちだって忙しいのにだよ。連日の収穫で疲れてもいるだろうにね。それも丸一日、おれたちの何倍も収穫するんだよ。誰のミカン園か分からない。


Q105:まだるっこくて見ていられないんじゃないんですか。 A105:そうなんだけどさ、稲刈りのときなんか、「いつ刈るね?」って聞くから「あした」って言うでしょ。で、翌朝行くともう、先に来て刈ってるの。うちは機械なんか持ってないから、鎌で手刈りしようと言って、朝ゆっくりコーヒー飲んで、さあ行くかなんてね。のこのこ出掛けていくともう、半分くらい終わってる。 


Q106:それはすごい。 A106:ね、考えられないでしょ。
 あとね、うちはなんでも無農薬でやってるんだけどさ、ミカンなんか、「薬があまったからかけておいたよ」って。農薬までかけてくれるの。 


Q107:えっ。 A107:「ありがとございます」って大きな声で言ってさ。小さな声で「ま、いっか」と。だって、親切でやってくれてるんだから。


Q108:そう、親切なんですよね。小さな親切、大きななんとかって言葉もありますが。 A108:いやいや。大きな親切なんです。近所に仲良くしてる谷口さんっていう人がいて、そのおばさんは人の顔を見ると何かくれたがるの。「金子さんのとこはキャベツはなかったね」と言って、軽トラにいっぱい入れてくれる。「ダイコンもなかったろう」と。「いや、ダイコンはうちにもありますから」って言うと、「いや、なかった」って、ちゃんと知ってるの。だから、へたに遊びに行けないのよ。行くと何でも持たされちゃうから。いや、少しならいいんだけどさ、山ほどもらったって食べきれないもん。この頃は、おやじと話していておばさんが顔出すと、「さよなら」って逃げて来ちゃう。


Q109:そんなに沢山くれるんですか。 A109:田舎の量は、桁が違うからね。「少し持っていかんね」って言うけど、その少しがちっとも少しじゃないのよ。野菜だって魚だって、持ちきれないほどくれる。それが少し。だから油断できない。
 越してきたとき4月で、ちょうどタケノコのシーズンでね、隣の人が掘ってきたばかりのタケノコをくれたの。「うわ、タケノコ大好きなんです」って思わず言っちゃったんだけど、それが大間違い。翌朝からタケノコ攻撃。「金子さんはタケノコ好きらしいよ」と噂がパッと広まって、それから1週間、あっちからもこっちからもタケノコがどっさり。もう、毎日食べても食べてもなくならない。しまいにゃ、誰にも見られないように用心して、夜中に裏庭に穴掘って埋めちゃった。おれもね、まさか、田舎へ行って、夜中にタケノコ埋めるために穴掘るとは思わなかった。


Q110:そりゃ、まずいでしょう。でも、田舎の人は、人がいいんですね。 A110:あのね、田舎へ移ってすぐ、うちでホームステイを受けたのよ。マレーシア人2名。で、最後の日に役場まで送って行ってお別れ会をしたんだけど、たまたま集合まで時間があったので2階の知り合いのところへ顔を出そうと思って一人で上がって行った。そうしたら、奥の方の席に座っていた人がいきなりつかつかと寄ってきて、「プリーズ、ダウン、ダウン」って言って、下の階に案内するのよ。「あ、この人、おれのこと、マレーシア人と間違えてる」とすぐ分かったんだけど、せっかくだから「イエース」と言ってついて行った。で、集合のホールの前で「サンキュー!」とお礼を言ったのよ。その人、嬉しそうな顔してね。とにかく、田舎の人は親切。これにはおもしろい後日談があるんだけど、長くなるから…。