20 時間が聞こえる

Q191:田舎は時間がゆったり流れるとよく言いますが、本当ですか。 A191:時間は時間でしょう。どこでも一緒じゃないの。
 いや、ごめん、そう言っちゃおしまいか。おっしゃる通り、確かに田舎は時間がゆったり流れてる感じはするね。暮らしが時間に追われてないからじゃないのかな。タイムカードもないし。


Q192:どういうところで、それは感じるんですか。 A192:そうね、たとえば、畑へ行こうとしてるところへ誰か来る。そしたら、とりあえず出掛けるのは待っただよね。ひとしきりしゃべってその人が帰ったら、さあ行こう、となるわけだけど、これで30分か1時間は予定が狂う。で、のら仕事してるところへ今度は別の誰かが来る。仕事はストップ。これでまた30分か1時間。立ち話をしてるとまた誰かが現れて…。しょっちゅうこれだからね。
 それでも、仕事が遅れたからって、どうということもないので、別に焦ったりとかはしない。できなかったら、「また明日やればいいや」ってなる。
 お金の計算が合うまで帰れないとか、この見積書を残業して今日中に仕上げておけとか言う人もいないしさ。


Q193:気楽でいいですね。 A193:気楽だよ。きょうもいい天気だなあ、なんて言いながら、日陰に座り込んでミカンかなんか食べてさ。サラリーマンだったら、ひっぱたかれるよ。「もう、あしたから来なくていい」なんて言われてさ。
 好きにできるから、なんかゆったりしてるって感じになるんだろうね。


Q194:じゃあ、時間がいっぱいあるって感じですか。 A194:いや、それがそうでもないんだよね。時間が足りなくて困るって、いつも言ってる。すぐ、一日が終わっちゃう。やることが多すぎると言うか、やりたいことが多すぎて、時間が足りないんだよね。
 誰かにやれと言われてるわけじゃないから、ストレスはないんだけど、百姓はやろうと思えば、やることがいっぱいある。この辺は微妙で説明が難しいんだけど、やらなくてもそれはそれで済んじゃう。


Q195:つまり、あれですか。時間はあまってはいないけど、自分で決められると。 A195:「自分時間」というか、まあ、自由な時間はあるってことかな。
 うちに一日おきに遊びに来るJ君という若い友人がいるんだけど、彼は家を自分で建てると言ってひとりで建てている。もう、5年くらいたつけど、やっと外装ができたところ。子供も4人いて、ずっと借り家住まい。仕事もしているんだかしてないんだかよく分からない。奥さんは看護婦さん。まわりはやいやいせかすんだけど、その彼は悠然として、「いつかできますよ」って笑ってる。そいつを見てると、「いいな」って思う。とにかく、時間に追われてない。


Q196:田舎時間という言葉がありますよね。 A196:うん、それは時間にルーズっていう意味合いがあるよね。でも、この辺のほとんどの人は、まったく逆でね、何か寄り合いがあると、みんな時間前に来る。おれは、遅れることはないけど、だいたい集合時間の5分前くらいには行くよね。すると、もう、みんな来てる。だから、いつもおれが最後。遅れてないのにだよ。
 おもしろいのはバス停。1時間前には、おじいさん、おばあさんが来て待ってる。


Q197:なんで、そんなに早く来るんですか。 A197:知らないよ。でも、みんな集まるの好きだからね。そのせいかもね。年寄りは時間もあるし。明るくなったから行ってみようとか、暗くなったから帰ろうとか。


Q198:サラリーマンじゃないから、時計なんかいらない。 A198:そう、一刻を争ったりしないからね。おれも、腕時計なんか、持ってないよ。腹時計で十分だもん。
 そうそう、腹時計と言えばね、正午の時間をおれはほとんどピタリと当てるよ。のら仕事してるでしょ。「もう、そろそろ昼だろう」って言うと、間髪を入れずに正午のチャイムが鳴るの。だいたい3分と違わないね。すごいときは、「もう、」と言ったら鳴りだしたこともあるからね。お母ちゃんがいつも笑うよ。
 自然の中で暮らしていると、臭覚やら嗅覚やら、いろんな感覚が発達するけど、そういう感覚も発達しちゃうんだね。 


Q199:目覚まし時計はいるでしょう。 A199:そんなもん、いらない。あのね、田舎はね、時間が聞こえるの。
 ニワトリが鳴き出すのが3時半。新聞屋の車が来るのが4時。このふたつでほとんど目が覚める。小鳥も鳴き出すし。
 腕時計も、柱時計もいらないよ。定期便の船の汽笛が鳴ると6時半。近くの保育園の音楽がなれば8時。正午には町のチャイムが拡声器で鳴るでしょ。2時には物売りの音楽。4時20分には保育園のお帰りの音楽。4時45分には船の汽笛。5時に町のチャイム(夏はサマータイムで6時)。みんな聞こえてくる。
 都会の人は、腕時計を見るか、街角やビルの時計を見て時間を知るわけだけど、田舎は「見る」んじゃなくて、「聞いて」時間を知るんだよね。


Q200:なるほど。そうなんだ。ところで、東京とはだいぶん時間はずれてますよね。 A200:そうね。30分くらい違うかな。たとえば、いまは7月3日の午後7時20分。まだ外は明るい。キャッチボールだってできるよね。ところが、テレビで巨人ーヤクルト戦をやってるけど、神宮球場は、ほら、真っ暗でしょう。