22 夢の土地を手に入れる

Q211:希望の土地が見つかった。で、その土地を手に入れるために、どのような交渉というか、手続きを行ったのですか。 A211:まず、役場に駆け込んだ。役場で付近の地図をもらって、その地図に希望の場所を書き込んで、「ここの地主さんに当たって欲しい」とお願いして一旦帰った。時間がなかったからね。で、帰ってしばらくしたら返事があって、「地主が売ってもいいと言っている」と。
 それで、すぐまた、現地へ飛んで、地主さんに会って、承諾をもらって、その年の暮れに、契約のために再度、現地を訪れて正式に契約。その間は、役場の浜田さんという人に、手紙とFAXで連絡を密にとって、本気であることをアピールしたね。浜田さんは役場の人なので、立場上、契約とかの話にはタッチできないので、地元の有力者を紹介してもらって、その人にすべてを託した。それが、いまも仲良くしてる保育園の園長。
 この園長がすべてうまくまとめてくれた。地主との交渉から、土地の値段、造成業者、大工、家が建つまでの間の空き家の世話まで、全部やってくれた。なにせ、そういうことは、まったく分からないわけだから。


Q212:親戚とか、知人とかは、いなかったんですか。 A212:誰もいない。まったく未知の土地。


Q213:で、どうしたんですか。 A213:希望の土地を見つけたのが5月でしょ、7月に地主に会って、12月に契約、年が明けて4月に移住。田舎暮らしを決意して、きっかり1年。トントンと行っちゃった。


Q214:空き家まで世話してくれた。 A214:そう。それがまた、広くてきれいな家でね、家賃はただでいいって言うのよ。でも、それじゃあんまりだから、月1万円渡したけどさ。家なんか建てなくてもここでもいいかな、なんていう気にもなったけど、ただ、そこは景色が良くなくて。でも、そこへ5ヶ月住んだかな。その間に、家を建てて、9月に新居が完成した。


Q215:地元の人たちの反応は、どうでしたか。 A215:「よく、こんな田舎へ来てくれた」と言ってね。みんな、本当に暖かく迎えてくれた。琴海町のIターン第1号ということもあって、町長も大歓迎してくれてね、「何か困ったことがあったら、なんでも言ってください」と言ってくれた。これは心強かったよね。


Q216:土地代とか、建築費とかは。 A216:まあ、これは、場所とか、家の規模、また大工や工務店とかで変わってくるから一概には言えないけど、うちの場合で言えば、土地代が坪1万円で、敷地300坪だから300万円。。建築費は45坪、2000万円でやってもらったけど。園長の薦めもあって、造成業者も大工もすべて、地元の人にお願いした。結果的にはそれが良かったけどね。地域にとけ込むという意味で。


Q217:そのほかに、資金はどのくらい用意したんですか。立ち入った話で恐縮ですが、もしよければ。 A217:傾斜地だったので、造成費が350万円かかった。
 あとは、まあ、農業をすると言っても、何も勉強してるわけでもないので、3年から5年は収入は見込めないだろうなと、漠然と考えていたので、その間、食いつないでいけるだけのお金は用意してたね。退職金とか、住んでいたマンションを売ったお金とかでね。


Q218:食いつなぐって、年間いくらいぐらいあれば行けるとふんだんですか。 A218:年間200万円あればと、計算した。実際、それだけあれば十分だったし、そんなにいらなかったけどね。


Q219:それだけで、本当にやっていけますか。 A219:うーん、これはなんとも言えないな。人によって違うからな。


Q220:そのほかに、準備したことは。 A220:おれは漁師になりたかったから、船の免許を取ったね。通勤の途中、電車の中で勉強してね。四級小型船舶操縦士ってやつだけど。無線の免許もとったけど、これは役に立たなかった。母ちゃんは、老人ヘルパーの資格をとった。これはすごく役に立って、いまにつながってる。町からも喜ばれてね。
 田舎暮らしをしようと決めてから、とにかく1年間、ふたりで猛勉強したよ。それに関する本を読みあさってね。ただ、研修施設にまでは入らなかった。本で勉強はしたけれども、一方で、「無手勝流でいいや」という、開き直りというか、「なんとかなるだろう」という、ある種、いい加減なところもあったね。なにせ、なーんにも分からないんだから。
 それと、トライアスロンの影響が大でね、「あのトライアスロンができたんだから、大抵のことはできる」と、妙な自信があったし、「もしダメだったら」なんて、まったく考えなかったもんね。そういう楽観的なところも、よかったんじゃないのかなあ。