23 言葉が分からない

Q221:慣れない土地へ移って、最初に戸惑ったのは、どんなことですか。 A221:言葉だね。言葉がまったく分からない。方言がきつくてね、ほんとに何を言ってるのか、ぜんぜん分かんないんだよ。「英語の方がまだ分かる」って笑ったんだけど、笑えないこともあったな。たとえば、大工との打ち合わせ。設計は自分でしたんだけど、細かいところは大工の意見も聞いて、となるじゃない。で、話を煮詰めようとするんだけど、これがてんでらちがあかない。おれが言ってることは通じるんだよ、標準語だから。ところが、向こうが言ってることがまるで分からないの。地元の大工だから、方言だらけ。造成業者もそう。
 たとえば、「ここは、こうしなきゃいけない」と言ってるのか、「ここは、こうしてはいけない」と言ってるのか、それが分からない。「檜じゃなきゃだめ」なのか「檜じゃだめ」なのかが分からない。だから、話が進まないんだよ。
 土地の契約だって、園長が間に入ってやってくれたからできたけど、当事者だけだったらどうなったか。園長が「ここにサインしろ」って言うから「はい」てなもんで。すべて言いなり。


Q222:それは困りますね。 A222:そう、通訳がいないと、何もできないんだもん。だから、何かあるたびに保育園に行くの。寄り合いなんかに出て行ったって、何を決めてるのか分からない。「なんか、わーわー言ってるけど、何をもめてんのかなあ」なんてね。
 でも、うまいことしたもんで、うちの母ちゃんは、ある程度分かるわけよ。佐世保の出身だから。だから、どこへ行くんでも一緒についてきてもらうの。そう、バイリンガル。


Q223:奥さんがいなくて、一人の場合はどうするんですか。 A223:その時は、笑ってごまかすの。ハハハ、とか言って。でも、そのうちそれがバレちゃって。「金子さんは分かったような顔してるけど、あれは分かってないよ」なんて。


Q224:東京から来た人だから、標準語を使ってやろうなんていう人はいないんですか。 A224:ぜんぜん。園長なんて「この辺の人たちは東京へ行ったことなんかない人ばかりだから、標準語はしゃべれないけど、私は標準語は話せます」なんて言っておきながら、その園長がいちばん分からないの。バリバリの尾戸弁で。それでも、しらふのときはまだいいんだけど、焼酎が一杯入ったら、もうダメ。


Q225:名詞が分からないんですか、それとも動詞が。 A225:名詞も動詞も分からない。


Q226:たとえば。 A226:そうね。急に言われてもあれだけど、たとえば、おれは毎朝、ジョギングか自転車のトレーニングをしてるんだけど、走っていると、畑で近所のおばさんがのら仕事をしてるから、「おはようございます」って声をかけるじゃない。
 そうすると、「あ、金子さん、かんらん、持って行くね」って言うわけよ。「あ、かんらんですか。うちの女房はランが好きですから、いただいていきます」って言うじゃない。そうすっとさ、キャベツをくれるわけよ。しかも二つも。「えっ」と思うけど、もらってさ、両脇に抱えてジョギングしながら帰るじゃない。「かんらんって、キャベツのことかよ。知らなかったなあ」なんてぶつぶつ言いながら走っていると、町道を顔見知りの近所の人が車で通るよね。なんかさ、キャベツをどっかの畑から盗んできたって感じじゃない。でしょ。


Q227:ハハハ、言えてる。 A227:もっとも、あとで辞書を引いたら、かんらん=キャベツって出てたけどね。ふつう、言わないよな。


Q228:電話も困るんじゃないですか。 A228:そうね。去年の夏だったかな、たまたま娘が遊びに来てて、おれたちが畑に行ってるときに電話が鳴ったので、出たんだって。近所の人からだったんだけど、何を言ってるのかまったく分からなかったって。「なんか、とっと、とか、かっか、とか言ってたよ」って。おれだって、それじゃ分からないってえの。


Q229:鹿児島は、方言がきついって聞きますけどね。 A229:長崎は、鹿児島ほどではないんだろうけど、でも、この尾戸というところは、琴海町でもいちばん奥まったところで、また独特のものがあるみたいなんだよね。おばさんなんか、自分のこと「おれ」って言うからね。
 あと、分からないって言えば、「行く」と「来る」だね。電話でこういうことがあった。相手が「いまから来る」って言うから、「いや、ちょっと用事があって行けない」って、応えたんだよね。そうしたらまた、「いや、おれが来る」って言うの。「えっ」と思って聞き返したら、「行く」ことを「来る」って言うことが分かった。これはびっくりしたよね。


Q230:それは分かりませんね。 A230:まあ、いまはだいたい8割くらいは分かるようになったけど、最初は面食らったよね。いつも、どこへ行くんでも、ノートを持って行ったもんね。