平成16年11月12日 Vol 116 |
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夕日の鬼瓦。 ブスときれいについて書いたら、思わぬ反響があった。 と言っても、別に怖いところから何か言ってきたわけじゃないからよかったのだが、面白かったのは、ブス擁護論が多かったこと。 悪友のイシワタによれば、「ブスと言われたら喜ばなければいけない。まだ、下に位置するひとが大勢いるのだから」とのご指摘。うん、これは父ちゃんも知ってはいたのだけど、書かなかった。 女子十二楽坊じゃなかった、女子12階位?は下記のようになっておる、とはイシワタ談。 1佳人・2麗人・3・別嬪・4・美人・5・きれい・6並上・7並々・8並下・9ブス・10ドブス・11鬼瓦・12夕日の鬼瓦。 父ちゃんは、10のドブスをヘチャムクレと覚えていたけど。 まあ、ドブスとヘチャムクレとではどっちがどうとは言えないけど、個人的にはドブスよりヘチャムクレのほうが、ちょっとだけなんかかわいげがあるような気がしたので、どっちのほうが言われてうれしい? と君子さんに聞いてみたら、「どっちもうれしくない!」ですって。はい、そうですよね。スミマセン。 でも、確かにこう並べてみると、ブスはまだいいほうと言ってよいかも。イシワタの言う通りだ。父ちゃんのトモダチにも、ここに所属するひとが3名ほどおりますが、心当たりのあなた、悲観しないように。夕日の鬼瓦と言われたら悲観してもいいです。トモダチではないけど、ひとりそれに該当するひとを知っています。もう結婚しているからいいけど、こないだズバリ聞いてみたらそのひと、お見合いだって言ってた。旦那も知っているけど、よく選んだと思う。勇気がある。だって、ほんとスゴイんだから。 片や、きれいと言ってもたいしたことはないんだよね。5番目だからね。 でもね、この前は、キュウリもヒトもきれいで選んじゃいけないって言ったけどさ、お米もきれいで選ぶとヤバイことになるよ。 この頃、コンビニや弁当店なんかで売っている弁当のご飯、きれいでおいしそうでしょう。全部がそうじゃないから、そういうこともあるという程度で聞いてもらいたいんだけど、最近、「精米改良剤」というものが出回っていて、それを使うと、米の白さや光沢が増して、古米特有の臭いも消えてしまうんだって。で、この機械が売れてるんだってさ。保湿剤、乳化剤、甘味料などがその改良剤として使われていると指摘する大学の先生の話が某新聞に出てた。 それだけじゃない。「炊飯改良剤」というのもあって、これは、混ぜて炊けば、ふっくらとしてほどよく粘り、冷めてもおいしさが保たれるという。寿司用、おにぎり用など種類もいくつかあって、成分は油脂系、糖類系などさまざまなんだってさ。スゴイことになってきたねえ。 氏も育ちも。 悪友のタモンちゃんから、このところ毎日、メールが届く。自分史のような昔話を、一話ずつ送ってくるのだ。ふつう、素人さんが書いた自分史は他人が読んだってちっとも面白くないものだけど、タモンちゃんはもともと玄人の物書きだから、さすがに文章が手だれていて読ませる。 常々、読ませる文章について、「二八そば論」を展開するタモンちゃん、「十割そばはそれなりの味をもっているけど、やはりそばは二八のほうが口当たりがいい。八割はホンモノのそば粉で、ニ割は小麦でつなぐ。文章で言えば、八はノンフィクションで、二はフィクション。これが読ませる文章になる」。 「お前の文章は、二割の嘘の部分が効いている」と、いつもおだててくれる。なので、父ちゃんも図に乗って、たいがい二割がたの嘘を散りばめる。よく本気にされちゃって困るけど。 で、何を言いたいかというと、このタモンちゃんの昔話を読んでいると、驚くことばかりなのだ。父ちゃんより年は二つ上なのだけど、育ちは東京で、まあ、言ってみれば育った時代、環境は似たようなものと言えなくはない。ところが、決定的に違うのが、学校だ。家庭環境も実は大違いなんだけど。 高校は日比谷高校。大学は東大。医者の息子で、代々由緒ある家柄。 これはね、やっぱり、頭の中身から、交友関係から、読む本から、関心の方向から、父ちゃんとはみんな違う。こんなに違うものかというぐらい違う。東大をバカにしちゃあいけません。 もうひとり、マサという悪友からも定期的にエッセイを送ってくる。こいつも、(なんて言っちゃいけないんだ、一流会社のえらいさんだから)文章はうまいし、家柄もいい。昔のしきたりとか、季節の行事とかを主に書いてるのだけど、父ちゃんのような貧乏人とはまるで、やって来たことが違うのよ。こういう人たちの書く昔話を読んでいると、ひとは氏より育ちというけど、そりゃ違う、「氏も育ちも」だよなあと打ちのめされてしまう。 小学生の時のトモダチでお大尽の息子がいたけど、子どもの時からどこか品があって、大きくなってから一緒に飲みに行っても、こいつだけがひとりでモテルる。それを見てから父ちゃん、若くして、「きれい」や「美人」の前では、けしてがんばらないことに決めたのだった。 |