平成19年8月5日 Vol 160
よかさ!
シュール・ストロミング。
 シュール・ストロミングをご存じか。
 シュール・ストレミングと言う人もいるが、「世界一臭い缶詰」として知られるスエーデン産のニシンの缶詰だ。臭いものと言えば日本では、くさやが有名だけど、聞くところではこやつ、くさやの6倍臭いと言われるシロモノ。納豆の23倍の臭さ。それを、子分のまさが仕事でスエーデンに行って来た土産だと言って贈ってきた。まさの野郎、親分は知るまいと思って、一丁泡を吹かしてやれといつもの調子でさりげなく贈ってきたところが可愛い。でも父ちゃん、食べたことこそないものの、そのものはちゃんと知っていたんだもんね。一度、やっつけてみたいと思っていたので、こいつはいいものをと頬ずりして喜んだ。
 こういうものは、ひとりでこっそり食べても面白くない。誰かを道連れに呼ばなくちゃ。と、そこへ飛んで火にいる夏の虫、悪友のヒロちゃんとまっちゃんが、「夏休みがとれたので遊びに行っていいですか」と聞いてきた。「おお、おいでおいで、ヨーロッパ直送のとびきりうまいものご馳走するぜ」。
 
 8月某日午後。場所は金子農園の庭(部屋で開けたらとんでもないことになるからな)。
 園主が待ちかまえるところへ、ヒロちゃん(以下ヒロ)とまっちゃん(以下まつ)上手から登場。

まつ「お邪魔しまーす。はい、ビール」
ヒロ「お世話になりまーす。はい、焼酎でーす」
園主「なんだよ、手ぶらでいいのによ。そう、冷えてんの? じゃ、それ飲もか。いつも悪いな」
まつ「ヨーロッパ直送のとびきりうまいものって、なんですか」
園主「まあまあ、イッパイやってから。とりあえずビールで、乾杯!」

 園主の妻、料理を持って登場。
妻「スライスオニオンと茹でたじゃがいもです。これを例のものと一緒にこのパンに挟んで食べてみてください」

 園主、小屋へ行って冷蔵庫から包みを取り出し持ってくる。
園主「これだよ、これこれ。シュール・ストロミング。世界一臭い缶詰」
まつ「あ、それヤバイっすよ。このあいだ、テレビで見ました、見ました」
ヒロ「うわ、なんか、缶がふくれあがってますね」
園主「こいつは、日本ではなかなか手に入らないんだぜ。まっちゃん、開けてよ」
まつ「え、ヤバイっすよ、それ」
園主「じゃ、ヒロちゃん、やってよ。おれ、写真撮るからさ」

 ヒロ、まいったなあという表情で仕方なく缶を手に取り、「なんか不気味だなあ。爆発しそうですよ」とつぶやきながら恐る恐る缶を開ける。 プシューッ!!
ヒロ「うぎゃーっ」(缶を放り投げる)
まつ「ぶわーっ」(ひっくり返る)
園主「うわっ」(鼻を押さえてシャッター押し忘れる)
妻「ぎゃーっ」(お盆を落っことして逃げる)
ヒロ「おえっ、おえっ」(タオルで顔を覆う)
まつ「うっ、うっ、臭っあ、鼻がつぶれそ…」(シャツに顔を埋める)

 園主、「さあ、食べようぜ」とみんなを促す。
園主「まっちゃん、何してんだよ。こっちへ来いよ。ヒロちゃんも、食いなよ」
ヒロ「これ、腐ってますよ、だいいちナマですよ。はらわたもぶにゅぶにゅで気持ち悪いなあ」
まつ「わっ、まだぶくぶく泡が出てる…」
園主「まだ発酵してるんだよ。こいつは、食べた後も胃の中で発酵し続けるっていうからな」  
妻「やだ、こんなに離れてるのに…、臭すぎるぅー、捨ててぇー」
園主「みんな、だらしねえなあ。ほんじゃ、おれがまず食ってみるからさ。こうやって、いや、でかすぎるな。おい、包丁持ってきてくれ。な、こうやって小さく切って、スライスオニオンと茹でたじゃがいもと一緒にパンに乗せてだな、ごほっ、ごほっ。うわ、すごいね。ありゃ、汁が手にくっついちゃったよ。弱ったね、どうも。ヒロちゃん、タオル貸してよ」
ヒロ「いやですよ。やめてください。ほんと、半端な臭さじゃないっすね、どうですか、味の方は」
園主「うー、むー、うっ、口に入れちゃえばどうってこたないよ。てやんでえ、こんなもの、もう一丁いってやろうじゃねえか。ほら、ヒロちゃんも食えよ」
ヒロ「しょっぱー。塩の塊みたいっすね。ぺっ、ぺっ。わー、にゅるにゅるが気持ち悪ーい」
園主「まっちゃん、お前も男だろ。なんだよ、食う前から泣かなくたっていいだろ」
まつ「じゃ、少しだけ…。ぐえっ!

 まつ、口を押さえて庭の隅へ走って行き、げぼっ、げぼっとやっている。園主が追っかけていって写真を撮る。
 
園主「どうよ、まっちゃん。ダイジョーブ?」
まつ「大丈夫じゃないっすよ」
ヒロ「まっちゃん、目が充血してるよ」
園主「喜ぶと思ったのになあ。ヒロちゃんは、平気みたいじゃない。こういうの好きなの」
ヒロ「好きじゃないっす」
園主「そうかよ、まだいっぱい残ってるのになあ。食べちゃわなきゃもったないよ、まっちゃん」
まつ「うー」
園主「じゃ、残った分はお持ち帰りということで….。おーい、あとでこれ、ふたりに包んでやってくれ。え、もう帰る? まだ早いんじゃねえの。まだいいだろう。そうだ、口直しにさ、石川の土産にもらった珍味で、イカにはらわたを挟んで干したやつがあるんだけど、どう? ダイジョーブだって。これはそんなに臭くないから…、どうよ、まっちゃん、え?」