自給自足
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物語
自給自足で
自然に暮らす
人生の楽園


   15 米をつくる (自分たちでつくった米の味)
 「百姓はいいな」と思う。
 「百姓になってよかったな」とも思う。
 昔から農業をしてきた人の中には、そう思わない人が結構いるようだが、それはそうかもしれないな、と察しはする。だいたいが、いやいややらされて来た人が多いのだから。東京へ行ってみたいと思った人もいるだろうし、サラリーマンになって、好きなことをしてみたいと思った人もいるだろう。
 ぼくは、そういう人たちとは違う。自分でなりたくて百姓になったわけだし、まだ、飽きるほどの時間も経っていない。
 田舎暮らしに関しても同じこと。さんざん東京で好きなことをし、そのあとで、わざわざ好きこのんで、田舎へやってきたのだ。
 「お気楽でいいや」とか、「趣味でやってるようなもんじゃねえか」と言われたこともあるけれど、そうなのだ。だから、何をやってもいちいち楽しいのだ。
 隣の田んぼのT君が、真面目な顔して聞いてきた。
 「金子さん、正直に答えてよ。田舎が本当に楽しいの? 嘘でしょ。オレ、ずっとここにいるけど、楽しいなんて思ったこと一度もないよ」。
 
   お気楽百姓はいつだって楽しいが、一年中でいちばん楽しいのは、と聞かれたら、ぼくは、即座に答える。
 「稲刈り!」。
 もう、これにつきる。
 澄み切った空、黄金色に輝く重そうな稲穂、赤とんぼ、泥んこ、風、汗、明るい日ざし、みんなの笑顔。すべてが自然、すべてが日本の原風景。
 「ことしは、ようできたばい」という年も、「やられたばいねえ」という年もあるけれど、いつだって楽しさは変わらない。
 「できただけ、とれただけ」。
 お気楽百姓は、それでいいのだ。それがいいのさ。
  
 「米もつくってると!」。「田んぼもやってるんですか」。
 稲作もやっていると言うと、ほとんどの人がびっくりするが、田舎の人と、都会の人とでは、反応が少し違う。田舎の人の方が、驚き方が大きい。
 大変さを知っているからだろう。
 いま、田んぼを放棄する人が増えている。この辺でも、毎年、やめる人が出る。
 やめた人は、「買ったほうが安か」と吐き捨てる。
 そうかもしれないな、と思う。思うけれども、ぼくは、やめない。
 初めて稲作をしたのは平成8年だから、ことしで5年目になる。平成8年の日記の10月23日のところに、赤いボールペンで花マルがつけてある。そして、こう書いてある。「自分たちでつくった新米を初めて食べる。感動!感動! 夜、佐藤さんを呼ぶ。園長に10kg持って行く。田崎さんに1俵(30kg)持って行く」。
 ことしも、間違いなく、感動!すると思う。この「感動!」は、お金では買えない。
  
 「自分たちでつくった」という言い方には、いささかのためらいを感じる。自分で言っておきながら、傲慢だと思う。正確には、「できてくれた」とすべきだろう。
 そして、日記には書いてないが、「感謝!」という言葉を書くべきだったと思う。種まきから稲刈りまで、すべて付きっきりで指導してくれた佐藤さんや、田を借りてくれた園長、田を貸してくれた田崎さん、みんなに感謝したのだから。そうだ、お天道様にも、感謝した。みんなのお陰で、できてくれたのだ。自分でつくったなんて言っちゃあいけねえ、いけねえ。
 その年の収穫量は、モミで10、5俵。田の面積は約7畝。品種は、ひのひかり。
 いまも、同じ場所でやっているので、収穫量もほぼこれくらい。2年目には、秋虫にゴソッとやられて泣いたし、昨年は、台風で倒されはしたが12俵の豊作だった。
 収穫した米は、モミのまま保管し、食べる分だけを少しずつ精米するので、一年中、新米のうまさを味わえる。
 都会で売られている新米は、名ばかりと言う人もいるけれど、自分の目の前でできたくれた米は、正真正銘の新米。うまくないわけがない。
 「ああ、これでまた1年、生きられる」。
 稲刈りの日、ばくは、いつも、そう実感する。