ベルフェゴール


前200年頃『民数記』第25章(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 イスラエルはシッテムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらな事をし始めた。その娘たちが神々に犠牲を捧げる時に民を招くと、民は一緒にそれを食べ、娘たちの神々を拝んだ。イスラエルはこうしてペオルのバアルにつきしたがったので、主はイスラエルにむかって怒りを発せられた。
 第25章3の部分、欽定英訳では「And Israel joined himself unto Baalpeor: and the anger of the LORD was kindled against Israel」となっているが、ラテン訳では「initiatusque est Israhel Beelphegor et iratus Dominus」となっている。つまり、「Beelphegor」とは「Baalpeor」のラテン読みなのである。 第23章28に「バラクはバラムを連れて、荒野を見おろすペオルの頂に行った」とあり、もともとは地名を現わす言葉だったらしい。イスラエルの人々は、シッテムにいたが、その地の娘らと淫らな事をし、ペオルのバアルを拝んだのでYHVHは怒り、モーゼに「民の首領をことごとく捕らえ、日のあるうちにその人々を主の前で処刑しなさい」と言い、モーゼはそれに従って、裁き人たちに「あなたがたはおのおの、配下の者どもでペオルのバアルにつきしたがったものを殺しなさい」と言った。裏切り者は容赦なく殺害された時代だったらしい。

前200年頃『申命記』第4章3(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 あなたがたの目は、主がバアル・ペオルで行われたことを見た。ペオルのバアルに従った人々は、あなたがたの神、主がことごとく、あなたたちのうちから滅ぼしつくされたのである。
 これも同じくラテン訳では「oculi vestri viderunt omnia quae fecit Dominus contra Beelphegor quomodo contriverit omnes cultores eius de medio vestri」となっている。

前200年頃『ヨシュア記』第22章17(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 ペオルで犯した罪で、なお足りないというのか。それがために主の会衆に災いが下ったが、われわれは今日もなお、その罪から清められていない。
 同じくラテン訳では「an parum vobis est quod peccastis in Beelphegor et usque in praesentem diem macula huius sceleris in nobis permanet multique de populo corruerunt」となる。

前200年頃『詩篇』第106篇28(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 また彼らは、ペオルのバアルを慕って、死んだ者にささげた、いけにえを食べた。
 同じくラテン訳では「et consecrati sunt Beelphegor et comederunt victimas mortuorum」となる。

前200年頃『ホセア書』第9章10(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
 わたしはイスラエルを荒野のぶどうのように見、あなたがたの先祖たちを、いちじくの木にはじめて結んだ初なりのように見た。ところが彼らはバアル・ペオルへ行き、身をバアルにゆだね、彼らが愛した物と同じように憎むべき者となった。
 同じくラテン訳では「quasi uvas in deserto inveni Israhel quasi prima poma ficulneae in cacumine eius vidi patres eorum ipsi autem intraverunt ad Beelphegor et abalienati sunt in confusione et facti sunt abominabiles sicut ea quae dilexerunt」となる。なんだか、『民数記』の出来事が、くどいように言われ続けている。

1667年ミルトン『失楽園』icon第1巻(平井正穂訳/岩波文庫)
 彼はまた、ナイル河の水域を後に大いなる旅に出たイスラエル人を、シッテムの地で惑わして淫らな儀式を行わしめ、彼らに災いを齎したが、その時称した別の名はペオルであった。
 「別の名は」というのは、ミルトンはケモシとペオルを同一視していたらしい。

1812年コラン・ド・プランシー『地獄の事典』ベルフェゴールの項(床鍋剛彦訳/講談社)
 発見と創意発明の魔神。しばしば若い女に化ける。種々の富をもたらす。モアブ人はバールフェゴールと呼び、フェゴール山の上で崇拝した。ラビたちによれば、人々はこの魔神に椅子式便器を捧げて敬意を表わし、汚らわしい排泄物を奉献し、それがかれにはふさわしいのだという。
 有名な、便器に座る姿のイラストつき‥‥。

1860年エリファス・レヴィ『魔術の歴史』icon第二之書教理の形成と実現 第一章黎明期の象徴表現(鈴木啓司訳/人文書院)
 家系を守る貞節が位階制に則った秘儀参人の際立った特徴である。世俗化と叛逆はつねに猥雑で、子殺しを犯す雑多な群集となる傾向がある。誕生の秘蹟を穢し、子供に危害を加えることは、黒魔術の忌むぺき儀式に耽った古代パレスティナの礼拝の基盤を成すものであった。インドの黒い神、陽物神の姿をした怪物のようなルドラ(シヴァ)は、この地では《ベルフェゴール》という名で支配していた。
 エリファス・レヴィはベルフェゴールをケモシモロクと同一視していたようだ。この後、ベルフェゴールのおぞましい儀式が語られるが、そちらはケモシ又はモロクを参考にしてほしい。続けて、「中世の魔女のサパトはケモシとベルフェゴールの宴の繰り返しでしかない」と言っており、黒魔術的な(というかキリスト教的な)魔女の起源を、ベルフェゴールの宴にみているようだ。


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