メフィストフェレス


1587年『実伝ヨーハン・ファウスト博士』(松浦純訳『ドイツ民衆本の世界3 ファウスト博士』icon国書刊行会)
 この証文により、我とわが手をもちて公に認め、証せん。すなわち我、四大の考究に志すも、わが脳中に上より与えられ、かたじけなくも賜りし才にはその力を認めず、人より学ぶべくもさらになきを知りし故、東の地獄の王の僕にしてこの地に遣わされしメフォストフィレスなる霊に服し、この者を選びて教えを受けんとするものである。
 ファウストの物語はゲーテの専売特許では無く、何人かの作家たちが描いているが、これはその最古のものとされる。出版したのはドイツのヨーハン・シュピーズで、当時大ヒットしたらしい。ジョルダーノ・ベルティの『天国と地獄の百科』iconには、この本で初めてメフィストの名が現れた(ここではメフォストになってるが)としているので、結局はファウスト伝説の中でのみ活躍する悪魔のようだ。松浦純による巻末の解説によると、実在したファウストの記録の中には悪魔の名前は無く、ファウストは「義兄弟」と呼んでいたのだという。なお、「東の地獄の王」というのはルシフェルのことだ。

1593年クリストファー・マーロー『フォースタス博士』第五場(『エリザベス朝演劇集T』小田島雄志訳/白水社)
 なに、大メフィストフィリスともあろうものが、天国の喜びを奪われて悲嘆にくれているというのか? このフォースタスから男らしい不屈の精神を学び、二度と味わえぬ天国の喜びなど、笑い飛ばすがいい。
 シェイクスピアと同時代の劇作家マーロウ(1564〜1594)がファウスト伝説を舞台化した。マーロウ版のメフィストは、ルシファーと共に神に反逆し、地獄に堕ち、ルシファーに仕える悪魔になっている。

1602年シェイクスピア『ウィンザーの陽気な女房たち』icon(小田島雄志訳/白水Uブックス)
 どうしたと、このメフィストフェレスめ!
 そのシェイクスピアの喜劇のセリフから。たんに相手を罵ったセリフであって、メフィスト自体が出てくるわけでないが、やはりシェイクスピアもメフィスト及びファウスト伝説を知っていたことが、この喜劇からわかる(「まるで三匹のドイツの悪魔というか、三人のファウスト博士」というセリフもある)。

1812年コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』iconメフィストフェレスの項(床鍋剛彦訳/講談社)
 ファウストの魔神。冷淡な意地悪さ、涙を嘲笑う辛辣な笑い、人の苦痛を見るときの冷酷な喜びが特徴である。からかいによって美徳を非難し、才能ある人に侮辱を浴びせ、中傷という錆で栄光の輝きを腐食させる。
 かなり悪魔らしい事が書かれている。身近にいたら嫌だな。まだゲーテの『ファウスト』iconが発表される前なので、マーロウのメフィスト像に近い。

1831年ゲーテ『ファウスト』icon第一部書斎(相良守峯訳/岩波文庫)
 メフィスト-フェレス「私は常に否定するところの霊なんです。それも当然のことです。なぜといって、一切の生じ来るものは、滅びるだけの値打ちのものなんです。それくらいならいっそ生じてこない方がよいわけです。そこであなた方が罪だとか破壊だとか、要するに悪と呼んでおられるもの、すべて私の本来の領分なんです」
 マーロウから200年以上たって、ようやくゲーテの登場である。ゲーテのファウストとメフィストについては、説明不要だろう。活字嫌いな方は、手塚治虫の『ファウスト』iconを読め。

1846年カール・ジムロック『人形芝居ファウスト』(松浦純訳『ドイツ民衆本の世界3 ファウスト博士』icon国書刊行会)
 なら聞け、メフィストフェレス。たしかにおまえは、言いつけたとおりに人間の姿であらわれた。だがな、マントの下に赤い服というのは趣味も悪いし、馬脚をあらわすってものだ。おまけに額の長い角ときちゃあな。
 ファウスト物語は人形劇として演じられても人気だったようだ。伝説が本となり、舞台劇や人形劇になるというのは、今で言うところのメディアミックス的な展開だなあと思ってしまった。『ドイツ民衆本の世界3 ファウスト博士』iconに収録されたものは1846年に編集されたものだが、人形劇の台本としては、1746年ハンブルクのものが最古らしい。この物語にはメフィストの他にも、フィリッププッツリ、ポリュモール、アスモーデウスアシタロテ、アウアーハーン、ハリバックス、メゲーラといった悪魔が登場する。また、他とは違ってプルートの下僕とされている。


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